映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『モロッコ、彼女たちの朝』をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
モロッコの甘いお菓子がつなぐ、二人の女性のシスターフッド
大きなお腹を抱えた若い女性サミアが、荷物を抱えて街を彷徨っています。そこここの家や店の扉を叩いては「住み込みで雇ってもらえませんか?」と声をかけますが、うまくいきません。
日も暮れかかっているし大丈夫かしらとハラハラした頃に辿り着いたのは、シングルマザーのアブラが営むパン店。彼女は頑なな雰囲気の女性で、サミアをピシャリと断るのですが、夜になり行く場のないサミアが路上で野宿するさまを見て少し心配になり、「一晩だけ」という約束で家に入れます。
映画はここから始まる同居生活で、二人の女性の「事情」を描いてゆきます。
妊婦なのに何の縁もゆかりもない町で仕事を探そうとしているのは、イスラム教が「婚外妊娠」を認めないから。彼女はどこか知らない町で子供を産んで里子に出し、何事もなかったかのように故郷の村に帰るつもりです。アブラがサミアと関わり合いたくなかったのも、周囲にあることないこと言われるのがイヤだったから。
一方のアブラは、夫の事故死から立ち直ることができず、世界のすべての「楽しさ」に心を閉ざしています。彼女の生活の中にはファッションもお化粧も音楽もなく、パン店に出入りする男性からのアプローチも完全に無視しています。
二人が仲良くなるきっかけは、サミアが「少しでも役に立ちたい」と作り始めたお菓子。「粉もの上手」のサミアのお菓子は店に出したら飛ぶように売れ始め、やがてアブラにお菓子作りのレクチャーをするまでに。
中東は甘いお菓子が大好きな地域なのですが、アブラの娘ワルダを加えた3人がお菓子を作る場面は本当に楽しそうで、そして出来上がるパンケーキとかクッキーがどれもこれも美味しそうです。
二人が同じボールに手を入れて粉を捏ねる場面が、実はすごく官能的です。自由で陽気で快楽を否定しないサミアが、禁欲的なアブラの心の底にある欲望を目覚めさせ、アブラはどんどんきれいになってゆきます。彼女が久々にアイラインを引く、その方法がすごく「へ~~~」っていう感じで、ちょっと真似したくなります。
そしてサミアに心を許したアブラは、サミアを「アバズレ」と呼ぶ世間から、どうにか守っていこうと変化してゆくのです。要は二人の女性のシスターフッドが、互いのこわばった心を解してゆく物語なのですが、単なる夢物語のおとぎ話になっていないのがいいところ。
他の国の話に見えて、実は日本でも対して変わらないように思います。痛切なラストに、皆さんは何を感じるでしょうか。
『モロッコ、彼女たちの朝』
監督・脚本/マリヤム・トゥザニ
出演/ルブナ・アザバル、ニスリン・エラディほか
(c) Ali n' Productions – Les Films du Nouveau Monde – Artémis Productions
https://longride.jp/morocco-asa/
※8月13日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
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