ゴッホの死をめぐる謎に迫った原田マハさんの小説『リボルバー』。舞台化にあたり原田さん自らが初めて舞台戯曲の筆を執り、小説とは異なる新たな物語を生み出しました。演出は行定勲さん、主演は安田章大さん。煌めく才能がどんな化学反応を起こすのか――原田さんへインタビュー。
ゴッホは要注意な画家
原田マハさんが初脚本! それも行定勲さん演出で、主演は安田章大さん。この顔合わせは期待作になるのではないか――ニュースは演劇界から瞬く間に伝わってきた。
「そもそもパルコから演劇の脚本を書いてみないかというお話をいただいたのが始まりです。私は長年演劇を観てきて、脚本を手がけることには遠い憧れがありました。ゴッホについてはこれまでも書いてきましたが、まだまだ追いかけていかなければならないライフワークだと思っていて。彼の周辺には最もホットな存在であるゴーギャンがいて、この二人の関係性に光を当てた物語を作りたいという思いもありました。これらをミックスして、まず支えとなる原作を小説で書き、その後に脚本化を進めたわけです」
没後130年、いまだに世間を賑わせる伝説の画家ゴッホ。原田さんは小説『たゆたえども沈まず』でもゴッホを取り上げている。
「19世紀にパリで活躍した日本人画商・林忠正に焦点を当てて書いていたのに終わってみたらゴッホの話になっていた…そのくらいゴッホは強烈で要注意なんです。ヒリヒリして触れたら最後、火傷ではすみません。彼の何が私たちを熱狂させるのか、自分でも謎でしたし、最初からかなり注意をしなければいけない存在だと感じました。もしこの人に近づくのなら一生をかける覚悟が必要だろうとも。これまでもゴッホに焦点を当てた演劇や映画は数々ありますが、自分の手でゴッホの魅力を探り、立体的に作ってみたい。特にゴッホのように内面に深くえぐれていくアーティストは、舞台として立体的に立ち上がると面白くなる予感がありました。そこにゴーギャンを当てることでより深みと濃さが増すはずです」
舞台の脚本を書く際に目指したのは、ゴッホを伝説の人物ではなく、生身の人間として描くこと。その点、安田章大さんという役者に当て書きできたのは大きかったらしい。
「3次元の現実世界でゴッホが動き、表現する。安田さんの表現力を通してバイブレーションが客席に伝わる。そのライヴ感を味わうことを非常に楽しみにしています。ゴッホはとても特殊な画家で、恵まれなかった生前の人生が相まって神話化が進み、それに比例して彼のタブローの価値が上がるというとても皮肉な現象が起きています。でも実のところ、ゴッホは画家である前に一人の生身の人間でした。私たちと同じように肉体があり、悩み苦しみ、のたうち回りながら傑作を生み出したわけです」
この舞台でのゴッホは現代の若者っぽい台詞を喋る、かっとなったのに急に冷める、ピュアでありながら嫌なことも言う。そんな人間臭い一面をのぞかせる。
「ゴッホのガラスが砕け散るような脆さ、しかし実は強化ガラスで一見脆そうだけど叩いても全然壊れない。そんな脆さと強さの二面性は安田さんにぴったりな気がします。多分、ゴッホは安田章大であり、劇場で観ているあなた、そして書いた私でもあるのです」
原田さんがゴッホを演じる安田さんに託したいものは何か。
「ゴッホやゴーギャンが自分で描いたタブローに勝ることはできません。タブローは彼ら自身であり、分身、化身である。だからタブローを抽象的に捉えず、自分のリアルな生の叫びとして、血肉の通った自分の体の一部として向き合っていただきたい。タブローを自分の耳の一部、手の一部だと安田さんが感じてくれたら、絶対に素晴らしいゴッホになることでしょう」
演劇は共同作業、展覧会を作るプロセスと似ている
もともとキュレーターだった原田さんにとって、才能あるクリエイターたちとコラボレーションをすることは、大きな喜びだという。
「小説を書くことは、大勢のサポートがありながらも、結局は自分一人で物語を誕生させて終わらせる孤独な作業なんですね。その点、演劇はコラボレーションのもとに成立している芸術だと実感しています。クリエイターそれぞれが専門性を最大限に発揮して新しいものを生み、バトンを渡し、最終的にこれ!と集結したものを舞台に乗せる。私のなかでは展覧会とよく似ているなぁという印象です」
脚本化の際は、演出の行定さんからかなり刺激を受けたらしい。
「行定さんとのやりとりは最高に面白かったです。ビジョンがとてもクリアな方。私は行定さんのファンで彼の映画をたくさん観ていますが、彼も非常に勉強熱心で相方となる私の作品をすごく読んでくださって。まずご自身と作者がどんな到達点を目指すのか、いきなり自分が表現したいのはこれだ!と突きつけるのではなく、ジリジリと距離を縮めて来られる感覚がありました。慎重にバランスをとりながらも、自分はこういう舞台を作りたいと、粘り強く説得された感じ。私もこう変更することで面白くなるのではないかと言わせていただいて、それらを脚本に反映させていきました」
才能の集結が創る新しい世界
脚本が仕上がるまでに、原田さんが重ねた改稿は8回。通常の小説だと平均回ほどだというから、脚本もコラボレーションの賜物と言えるだろう。
「最初は私がどのくらい書けるのかを皆さん見たかったでしょうし、私もどこまで自分が書けるのかを試したくて、ほぼ120%を出力しました。すると長すぎて上演に時間かかってしまうから、40%削ってくださいと(笑)。その後も改稿を重ねましたが、自分だけの孤独な作業ではなく、多くの方々の反応を受けての作業なので、生みの苦しみもあったけれど、まるで未知の世界を冒険するみたいにワクワクして楽しかったです。登場人物も最初はもっとたくさんいましたが、最終的には俳優人でできる芝居に。でもPARCO劇場の大きさを考えると、ギュッと濃縮した演劇らしい作品になるのでは」
衣裳デザインは原田さんが関わるブランド、エコール・ド・キュリオジテ(ÉCOLEDECURIOSITÉS)のクリエイティブディレクターであるパリ在住の日本人デザイナー・伊藤ハンスさんが担当する。
「大抜擢ですね。エッセンスをきちんと汲み取ったデザインをしてくれるでしょうから、舞台の上で彼の服がどう見えるのかも楽しみです。舞台美術は堀尾幸男さん、音楽は斎藤ネコさんとベテラン揃い。才能の集結がどんな世界をライヴで見せてくれるのか、私自身期待しかありません。画家であることの“どうしようもなさ”と生涯付き合い続けた人間ゴッホ。できたら観劇をきっかけに、ゴッホのタブローを見ていただけたらうれしいです」
『リボルバー~誰が【ゴッホ】を撃ち抜いたんだ?~』
公演日程/〈東京〉2021年7月10日(土)~8月1日(日) 〈大阪〉2021年8月6日(金)~2021年8月15日(日)
会場/〈東京〉PARCO劇場(東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷パルコ8F) 〈大阪〉東大阪市文化創造館 Dream House 大ホール(大阪府東大阪市御厨南2-3-4)
https://stage.parco.jp/program/revolver
原田マハ(はらだまは)
1962年東京都生まれ。森美術館設立準備室勤務、MoMAへの派遣を経て独立、フリーのキュレーター、カルチャーライターとして活躍する。2005年『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞を受賞し、デビュー。ʼ12年『楽園のカンヴァス』(新潮社)で山本周五郎賞受賞。ʼ17年『リーチ先生』(集英社)で新田次郎文学賞受賞。今年5月発売の最新刊『リボルバー』は、“ゴッホの死”というアート史上最大の謎に挑むアートミステリーの傑作と話題に。