映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『アジアの天使』をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
言葉は違うけど、『愛の不時着』で泣くのは同じ
幼い息子と二人で、兄が働くソウルにやって来た売れない小説家の剛。数年前に妻を失い本業もいまいちパッとせず、幼い一人息子をかかえる剛は、意を決して日本を引き払ってきたわけですが、頼りにしていた兄の商売はずいぶん胡散臭い感じ。そのうえ、まさにこれからという時に相棒に騙される始末。
嘘かホントか「北東部の江陵(カンヌン)に行けばワカメのビジネスがある」という兄の言葉にすがり、その地を目指した兄弟+息子は、「母の墓参り」に向かう韓国人の3兄妹と電車の中で知り合い、なぜか旅を共にすることになります。
集団の中で、両国の言葉をなんとなくでも理解できるのは日本人の兄だけ。両家族は相手の国の言葉がわからず、最初はお互いに「何言ってんの?」って感じだし、会話はちぐはぐ。でも一緒にいるうちになんとなく噛み合ってくる。
例えば、ある駅から電車を降りて車に乗り換えた一行が、ガソリンスタンドに立ち寄る場面。ボンネットを開けてチェックしたスタンドの人が「エンジンオイル変えたほうがいいですよ」と一言。すると日本兄弟は「あー、エンジンオイル変えろって言われてるよ。絶対言うけどたいてい嘘なんだよ」。オール日本語のその言葉はわからないのに、韓国長男もなんとなーくそういう空気を感じ取っています。
日本兄弟は追い打ちをかけるように「気をつけろ! ぼったくりだぞ!」。韓国長男はなんとなくその意味がわかって「やっぱそうだよな」的な視線を投げて断ると、日本兄弟が「よし! そうだ!」と盛り上がります。両者は言葉はわからないまま、国を超えた生活感――つまり「あるある」で、意思疎通してゆきます。
日本兄に「韓国で必要な言葉は二つだけ。メクチュジュセヨ(ビールお願いします)とサランヘヨ(愛してる)」というセリフがありますが、まさにそういうこと。政治において国家間に問題があっても、言葉が通じなくても「夏の仕事終わりには、やっぱ冷えたビールだろ!」とか、「『愛の不時着』に泣いた」とかいう部分で個々人は共感し合えるし、そういう個人が増えていくことで、国同士のいい関係が築けるはず――そういうことを映画はいっているようです。
映画はほんとに笑っちゃう場面の連続ですが、一番良かったのは日本兄を演じたオダギリジョーさん。あまりにもテキトーで、いたずらばっかりしてて、でもテキトーがゆえに言葉が通じない相手に対しても「細かいことはいいから、とりあえず飲も!」という感じで、楽しいコミュニケーションが取れちゃうのも笑っちゃう。
でも言葉が通じても、意外とそういうものかなとも思ったり。池松さん演じる生真面目な弟にちょっかい出しては「いい加減にしてくれよ!」と怒られると、怒られたことに大喜びで爆笑するという、「こういう人に付ける薬はないな…」と相手を脱力させるところが、めちゃめちゃ面白かった。彼は韓国が大好きなことでも知られている人です。
私は韓国の映画もドラマもコスメも音楽もイケメンも大好きなのですが、何が一番好きって「韓国メシ」。韓国では「パンモゴッソ?(ごはんたべた?)」っていうのは挨拶みたいなものだと聞いたことがありますが、やっぱり美味しいものを一緒に食べることって、一番身近な幸せの共有だと思います。早く韓国に行って美味しいご飯食べたいなー、と願う今日この頃です。
『アジアの天使』
脚本・監督/石井裕也
出演/池松壮亮、チェ・ヒソ、オダギリジョーほか
(c)2021 The Asian Angel Film Partners
https://asia-tenshi.jp/
※7月2日(金)テアトル新宿ほか全国公開
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