映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『茜色に焼かれる』をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
コロナ禍の世の理不尽に、見出すかすかな希望
主人公は、13歳の息子・純平を女手一つで育てるシングルマザーの良子。彼女は7年前に夫を事故で亡くしているのですが、謝罪もないまま提示された慰謝料を拒絶して、今に至っています。
また、もともと小さなカフェを営んでいたのですが、コロナ禍の不景気で店は閉店、スーパーのパートで糊口を凌いでいます。さらに、施設にいる義父の介護料も、生前に夫が愛人に産ませた子供の養育費まで払うために、風俗店のバイトまでしています。
風俗店の同僚のケイは、そんな彼女を見て「なんで怒らないの? みんな逃げてるのに、なんで逃げないの?」と怒りや苛立ちをつのらせます。でも、そういうケイもまた、良子に負けず劣らずのひどい人生を歩んでいます。二人は二人とも、他人の人生であれば「理不尽だ!」と怒ることができるけれど、自分の人生には怒ることができず、ついよくわからない笑顔を浮かべてしまいます。
私の知る限りでは、マスクやアクリル板など、コロナ禍の日常を描いた初めての映画です。そのなかで、金も学もコネもない弱者がどんな自体に陥っているか、映画はつぶさに描いていきます。良子は「人に迷惑をかけてはいけない」という意識がすごく強く、人の道に外れたことをしないよう、法律や世の中のルールに従い生きています。それなのに、世の中はそんな良子を蔑み、利用し、踏みつけにするばかり。「ルール」は彼女を救ってはくれず、むしろ窮地へと追いやってゆきます。
そんな辛いことだらけの人生を「生きるが意味ない」と人は平気で言うわけですが、だからって、人間って簡単には死ねないもんですよね。辛くて辛くて「死にたい」と思っても、お腹は減っちゃうし、コロナにかからないようマスクだって、ついしちゃう。苦難に満ちた明日を生きていくために必要なのは、御大層な「生きる意味」じゃなく、小さな優しさと愛だったりするのかもしれません。
絶望の底にずっといられない、おかしいような悲しいような人間の姿を体現する、主演・尾野真千子さんの生命力あふれるキャラクターが圧巻です。ラストは本当に最高で、こんな内容なのに、観終わった後は必ず笑顔になり、明日も頑張れる!と思える作品です。
『茜色に焼かれる』
監督・脚本・編集/石井裕也
出演/尾野真千子、和田庵、片山友希、オダギリジョー、永瀬正敏ほか
(c)2021『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ
https://akaneiro-movie.com/
※5月21日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
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