映画ライター渥美志保さんによるシネマ連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
「女性だから」って、自分の人生は決して諦めない
幼い頃から野球の天才少女として、メディアに取り上げられたこともあるスインは、それ故に特例的に高校の野球部に選手として所属しています。
卒業が間近に迫る中、野球部にはプロのスカウトがやってきて、幼い頃からずっと一緒にやってきたチームメイト、ジンテのプロ入りが決定。高校を卒業したらもう野球はやれないんだろうかーーそんな思いをどこかに抱えながらも、スインはプロになる方法を模索し始めます。
実はプロ野球は日本でも「性別」の規定がないらしく、女性でも認められれば入れるそうです。ただやっぱりハードルは高い。映画は「それでもプロ選手になって野球を続けたい」というヒロイン、スインの静かな奮闘を描いてゆきます。
映画のなにが魅力って、このスインのひたむきさ。誰がなんと言おうとプロになると決め、「女がプロになんてなれるわけない」とバカにする人たちに「自分の未来は自分にだってわからない」と強い目で言い返しながら、黙々と努力を続けます。演じるイ・ジェヨンは、人気ドラマ「梨泰院クラス」でトランスジェンダーの料理人役だった人。中性的な魅力があって、メイクして着飾った一般的な女性を演じるよりも、こういう役のほうがずっと魅力的です。
そういうスインに、それまでバカにしていた人たちが徐々にほだされてゆく。映画の中心は、プロの夢に破れた新任のコーチとの関係で、それもすごくいいのですが、やっぱり主人公同様に「人生を諦めてきた女性たち」の姿が印象的です。
例えば、外で家庭で働き詰めで、稼ぎのない父親と幼い妹の世話をし家族を一人で支えているスインの母親は、いつまでも夢なんて追わずに働いてもらいたい。娘は母親のそんな生き方にうんざりしていますが、彼女にだって本当は「自分の人生」があったのです。野球が続けられず、教師とソフトボールの国家代表の二足のわらじで苦労する女性教師も、少ししか登場しませんが心に残ります。
そんな人達に支えられて、プロ野球のトライアウト(選考テスト)を目指すスイン。
映画がいいのは、スポーツものなのに、暑苦しさと汗臭さが一切ないこと。主人公が女性で舞台が冬の韓国という理由もありますが、主人公の目の前にある困難が、いわゆるスポ根映画にありがちな「汗と根性」で乗り越えられるものではないからかもしれません。主人公の目の前にある困難は「女に野球ができるはずがない」「女のプロ野球選手なんてありえない」という偏見と思い込み、ゆえに物語はより普遍的です。
最後の最後まで、決して諦めないスインのカッコよさは、まさに今の時代にぴったり。3月8日は国際女性デーでもあります。
『野球少女』
監督・脚本/チェ・ユンテ
出演/イ・ジュヨン、イ・ジュニョク、クァク・ドンヨンほか
https://longride.jp/baseballgirl/
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※3月5日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
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