映画ライター渥美志保さんによるシネマ連載。ジャンル問わず、ほぼすべての新作映画をチェックしているという渥美さんイチオシの作品をご紹介。見どころについてたっぷりと語っていただきました!
不条理だが、それでも「世界は素晴らしい」と信じたい
映画に真に心を鷲掴みにされると、それを一言で第三者に伝えるのはなかなか難しいものです。こんなことライターが言うのはどうかと思いますが、自分の心に「わあああああ!」といろんな感情が起こってきて、それを短い言葉に言語化するのが難しいんですね。
言いたいことは何万字でも足りないけど、読んでる人は「それで、要点はなんなの」と言いたくなるだろうし、でもそういう作品の魅力を「こうだ」と言ってしまうと、自分の言ってることがものすごく薄っぺらだってことが分かるからです。
西川美和監督の『すばらしき世界』はその手の作品です。
物語そのものはすごく単純です。主人公は殺人事件を犯して刑務所に服役していた初老のヤクザ。映画の冒頭で刑期を終えて出所するこの男の、社会復帰の道のりを描いてゆきます。
人生の大半を刑務所で過ごしたこの人の困難は、一言で言えば「浦島太郎状態」。服役中に刑務所の作業でやっていたから「ミシンの技術で食う」とか「鹿革が扱える」とか言っていて、おじさん、それじゃ食っていけないよ・・・とそのズレズレぶりは気の毒やら笑っちゃうやら、服役中に激変した世の中にぜんぜん馴染めそうにありません。
さらにここに追い打ちをかけるのが「反社」のレッテル。服役が物凄く長いのでそんなつながりはもはやないのですが、それがあるだけで「生活保護」などの公助を受けることができません。もちろん人々も。「刑期を終えて罪を償った」と男が思っていても、周囲はそうは思ってはくれません。
誤解を恐れずに言えば、この人、決して極悪人ではありません。出所してすぐ、身元引受人になってくれた弁護士夫婦が振る舞ってくれたすき焼きに号泣しちゃうし、チンピラに絡れボコにされてるサラリーマンを見て見ぬ振りができず助けたりする。
人間は誰もが複雑なものですが、世の中は、遠まきに見て、そこから見える一面で単純化して判断し、異物と思えば排除する。受刑者と思うと他人事みたいに思えますが、「異物」と言い換えれば、自分の体験にも通じるものがすごく見えてくると思います。そういう不条理な社会を「それでも素晴らしい」と言うにはどうしたらいいのか。映画はその答えを見つめます。
西川美和監督は、是枝裕和監督の助手から30歳くらいで映画監督になった人で、国際的にも知られる日本で数少ない映画監督の一人。私はデビュー当時から大好きで、特にアラサー世代の人には、三角関係に陥った幼馴染の兄弟と1人の女性が、互いに抱えるこじらせたコンプレックスの末に起きた殺人事件を描く『揺れる』とかすごくおすすめです。
『すばらしき世界』
脚本・監督/西川美和
出演/役所広司、仲野太賀、六角精児、長澤まさみほか
https://wwws.warnerbros.co.jp/subarashikisekai/
(c)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
※2021年2月11日(木・祝)全国ロードショー
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