終電を逃して行ったカフェで意気投合し、一緒に暮らし始めた大学生の麦と絹。だがやがて始まった就職活動で苦戦するなかで、ずっと続くと思われた「ささやかながら楽しい生活」が、少しずつ変化し始め…。大ヒットドラマ『カルテット』の脚本&監督コンビが、一つの恋の始まりから終わりまでを描いたというこの作品の見どころを、映画ライター渥美志保さんにたっぷりと語っていただきました!
あの頃の自分の恋に重なる、なんでもないけど素敵な恋
終電を逃した駅でたまたま一緒になり、始発までの時間つぶしにカフェに行った絹と麦。二人は映画とか本とかマンガとか舞台とか、とにかくカルチャーが大好きで趣味もピッタリ。話してるうちに、その前日同じお笑い芸人のライブに行くはずだった(そして二人ともが行きそびれていた!)ことも発覚。ちょっとした運命的なものを感じ、やがて付き合い始めます。
映画は、有村架純と菅田将暉が演じるこの二人の5年間の恋を描いてゆきます。でも恋愛モノにありがちな大きな事件――例えば、どちらかが浮気するとか、何かしらの事情で離れ離れになるとか、片方が事故や病気になるとか――はぜんぜん起こらない。
大学を卒業し、一緒に暮らし始め、就職して働き始め、小さなすれ違いが始まり…という二人の日常を、会話(と心の声)で描いてゆくだけ。なのにこんなに面白いのは、恋をしたことのあるあらゆる人が「こんな経験したことがある!」という共感ポイントが満載だから。
映画の冒頭に、こんなエピソードがあります。あるカフェで男女のカップルがスマホにつないだ一つのイヤホンの左右を、それぞれ自分の耳に入れて同じ音楽を聞いています。よくある光景ですよね。たまたまそこに居合わせた二人は、それぞれ一緒にいる相手に「ああいう人達は、音楽を全くわかっちゃいない」と講釈をたれます。曰く「イヤホンは右と左と違う音が出ているものだから、同じ曲を聞いてはいない」。
このエピソードは「恋愛」のメタファで、つまり「恋する男女は、同じものを見て、感じているようで、実はぜんぜんそうじゃない」。映画はそれを描いてゆくのですが、これがもうほんとに「恋愛あるある」が満載です。
映画を作ったのは、私も大好きなドラマ『カルテット』の監督・脚本コンビ。特に脚本を手掛けた坂元裕二さんは、日本のドラマにおいて、一般視聴者に固定ファンを持つ数少ない脚本家かもしれません。GINGER世代だと、有村架純さん主演の『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』あたりで知っている人も多いんじゃないでしょうか。恋愛中の会話、特に心の声が男女で重なったり、微妙にズレたりするのもすごく面白い。
映画の冒頭のエピソードは、実は二人が付き合い始めたその日の出来事につながっているのですが、その当時はぜんぜん楽しい経験じゃありません。5年間の恋愛は、二人の青春時代でもあって、結構切ないこともたくさんあります。過ぎてしまえば昔話になってしまうけれども、でも同時に、そうした経験のすべてが自分の一部として息づいている。
そういうことのすべてを肯定的にとらえているのが、すごく素敵な作品です。
『花束みたいな恋をした』
監督/土井裕泰
脚本/坂元裕二
出演/菅田将暉、有村架純ほか
© 2021『花束みたいな恋をした』製作委員会
※2021年1月29日(金)全国ロードショー