令和の清少納言を目指すべく、独り言のようなエッセイを脚本家・生方美久さんがお届け。生方さんが紡ぐ文章のあたたかさに酔いしれて。【脚本家・生方美久のぽかぽかひとりごと】
‟変”は一人で完結できない

Netflixシリーズ『ダウンタイム』の配信が始まった。すぐに鑑賞。めちゃくちゃおもしろかった。印象的なシーンが多いなかで何よりもグッときたのが、対峙した二人のキャラクターが、それぞれ別の場所で第三者に「(対峙した相手は)日本語が通じない」と揶揄しているシーンだった。それを言われた第三者たちは、当然のように、同意する。
ネタバレ回避のために少々足らない説明になってしまったので、是非本編をご覧いただきたい。最高すぎた。ゾクゾクした。人間と人間関係が描かれていた。
自分が“変な人”と感じた相手は、向こうも同様にこちらのことを“変な人”と感じていることが多いのだそう。“変な人”には両想いが発生しがち。
「日本語が通じない」というワードがまたいい。正直、思ったことがある。毎日思っているかもしれない。お互いに「日本語通じない」と思ってるんだから、そりゃあ会話が成り立つわけがない。
むかしむかし、目上の人から理不尽な内容で怒られたことがあった。理不尽だなぁ!と思ったものの、相手が感情的になり泣き出してしまったので、ほぼほぼ「はい」「わかりました」「すみません」で返答した。ずるいなぁと思いながら、謝り続けた。
とにかく冷静に素早く事を済ませることに徹したのだが、いざその人から一旦離れられたとき、ガン詰めされている最中よりも強い恐怖心に襲われた。
もしかしたら、本当に自分が悪いのか?
理不尽と書いたように、身に覚えのないことに対して屁理屈を並べて怒られたのだが、ヒステリックに感情をぶちまけられ、「悲しい」「残念」「取り返しのつかないことになる」「責任とれるの?」等の言葉を浴びせられ続けると、「変な人だなぁ」を一周二周三周ほどして、もしかしたら自分のほうが変なのかもしれない……と不安になった。
自白の強要。拷問。事実はどうであれ、人の精神、時には肉体をも追い込むことって、ある種の人間からしからかなり有益な方法なのだと悟った。(別班やばくない? あれだけされて口割らないて!? 別班すごすぎない!?!?!?)
その人からの言葉だけを浴びた状態では不安が増す一方となり、共通の知人に相談した。状況を説明したところ、「みんなその人のほうが変だと思ってるから大丈夫」と言ってもらえ、ようやく気持ちが落ち着いた。
実際、こちらが一方的に重大なミスを犯したわけではなく、各所との認識のズレが明確になっただけの出来事だというのに、本気で自分一人が悪いと思うところまできていた。本気で追い詰められていたことに、安心してから自覚した。
第三者から「あなたは変じゃないよ」と言ってもらえないと自分が変じゃない確証なんて持てない。“変”には比較対象とジャッジメントが必要で、一人では完結できない。
冷静になれてしまう人間は損をする。
想定外のことが起きたときほど、冷静に物事や人の考えを客観視しようとしてしまう。しかし、感情的になる人からすると〈冷静=事の重大さがわかっていない〉になるようで、冷静であることをさらに怒られたのであった。「この状況の深刻さがわかってないなんて変だよ!?」と。
変。そうだ。向こうからしたら、冷静すぎるわたしのほうが‟変”なのだ。
「一応元医療従事者ですし、やばいときほど冷静になれという教育を受けてまして。両親もヒステリックになるタイプじゃないので、幼少期から間違ったことをすれば言葉で注意してくれたし、わたしの言葉も聞いてくれる大人の元で育ったんですね。なのでこういう状況で感情的になることが良いとは思えず、というか感情的に物事を対処しようとする大人がかなり珍しくてわたしも今とても驚いてるんですよ、冷静に見えるとは思うんですけど」
…………なんて解説したところで火に油である。こちらの選択肢は「はい」「わかりました」「すみません」しか残されていない。
冷静になれてしまう人間は損をする。
我慢して飲み込んで飲み込んで飲み込んだ末に本音をポロリとこぼすと、「突然キレた」にされる。もしくは「最初からそう言ってくださいよ~」だ。ずるい。言わせない状況をつくったんじゃないか。
感情でその場を乗り切ろうとする人間に対し、周囲は「関わりたくない」「これ以上怒らせたくない」の一心で、最速で穏便に済む方法を模索・行動する。結果的に怒った人間の思惑通りに事が運ぶ。すると、事が落ち着いたとき「自分の想定通りだ/自分が物事を解決した」かのように錯覚させる。でも誰も指摘しない。指摘すると感情的になられてめんどくさいから。
ちょっと離れたところからそれらを傍観する人は、「誰かが指摘してあげなよ~」なんて正論を言う。内側に入ってみたら、きっと言えない。
上記の件は飲み込み続けた。事が済んでしばらく経ったころ、理不尽に怒られた相手からめちゃくちゃに褒められた。わたしの才能や努力、人間性に至るまでをとても丁寧な言葉を使って、ゆっくりと、笑顔で。
そこでわたしの怒りはマックスに達した。マックスの怒りをも飲み込んで、冷静に「(脚本やエッセイのネタを)ありがとうございます」と伝え、笑顔でお別れし、一人きりになってから「×××××!!!」と叫んだ。絶対声が届かないところで放送禁止用語を叫んだ。伝えてやるもんか、感情を出してやるもんか、同じになってたまるか。
冷静になれてしまう人間でいたい。
変な人に‟変”だと思われても、損をしてでも、通じない日本語でコミュニケーションを試みて、冷静に生きていたい。飲み込んだ分だけ、いつか絶対に報われると信じたい。
生方美久(うぶかたみく)
1993年、群馬県出身。大学卒業後、医療機関で助産師、看護師として働きながら、2018年春ごろから独学で脚本を執筆。’23年10月期の連続ドラマ「いちばんすきな花」、’24年7月期の連続ドラマ「海のはじまり」全話脚本を担当。先日最終回を迎えたTBS金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』は現在、U-NEXTで見逃し配信中。

