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TIMELESSPERSON

2026.08.20

脚本家・生方美久がみなさんに問う!〈逃げたい〉って思ったことありませんか。

令和の清少納言を目指すべく、独り言のようなエッセイを脚本家・生方美久さんがお届け。生方さんが紡ぐ文章のあたたかさに酔いしれて。【脚本家・生方美久のぽかぽかひとりごと】

はじめてのしっそう

『はじめてのおつかい』で流れるあの曲。つい口ずさみたくなるあのメロディー。よくよく歌詞に注目してみると、誰にも内緒でお出かけなのよ♪何処に行こうかな♪と仰っていて、『Tシャツが乾くまで』というドラマを書き終えたわたしは瞬発的に「失踪じゃんか!」と突っ込んでいた。誰にも告げず家を出て、行き先は未定。

5歳のとき、失踪まがいなことをした。はじめてのしっそう♪である。

その日は幼稚園でイベント事があって、たしか保護者もたくさん集まっていた。(30年近く前のことなので詳細はかなり忘れている。曖昧な表現が続きます。お許しください)。わたしは幼稚園でいちばん仲良しだった女の子と一緒に楽しく過ごしていたはずなんだけど、その子のおじいちゃんに二人して怒られる事態に。怒られた内容はまったく覚えていない。そこは覚えておけよと自分でも思います。通常の幼稚園ライフならともかく、なんかしらのイベントで浮かれていた故に、怒られたことがいつも以上に不快だったのだろう。こうして臍を曲げた我々は、咄嗟に思い立ったのである。

逃げちゃえ!

5歳女児二人組、幼稚園から逃亡。保護者たちが井戸端会議をしている隙を見て、手を繋いで、今だ!と走り出した。誰にも告げす、行き先を決めず、ただ目的はここから逃げること。とにかく走って走って幼稚園から遠ざかろうとした。

日が暮れて少しした頃、共謀した女の子のお母さんがとぼとぼ歩く5歳女児二人組を発見。車で保護された。警察沙汰にはならずに済んだ。誰かに攫われることも、怪我をすることもなく、それぞれの家に帰ることができた。こればっかりはほんとに運がよかっただけで、大人たちはさぞ恐ろしかったと思う。

子供がいなくなる事件が起こるたび「親は何やってたんだ!」と怒る人が出てくるけど、こういう子供が100%悪いケースもあるので、他人がやんや言わないほうがいい。

逃げようと思った瞬間、見つけてもらった瞬間、親と再会した瞬間。そういった強い感情を抱きそうな瞬間がドドドと押し寄せたにも関わらず、それらの瞬間の感情は、明確に覚えていない。

覚えているのは、「パパもママも怒ってない」と思ったこと。安堵していたか、泣いていたか、笑っていたかも覚えていない。ただ「怒ってない」だけ覚えている。怒られるかもしれないと思っていたということだろう。意外とそんなもんなのである。ドラマで描かれるようなドラマチックなシーンというのは、現実には記憶からすり抜けていく程度のものなのかもしれない。

このプチ失踪エピソードをすっかり忘れた状態で『Tシャツが乾くまで』の脚本を書いていた。充の設定をつくりながら「いやいや、ほんと変わり者だなぁ充は! 共感されないキャラでごめんな!」と思っていたのである。めっちゃ他人事。

脱稿が近づいた頃、特にきっかけもなく思い出した。そういえばわたしも逃げたな、あれはある種の失踪だったなと。そして、あのときの〈逃げたい〉という欲求に明確な理由はなかったことを。

怒られたのが不快だった、イベントがつまらなかった、二人でお出かけしたかった、親や先生を困らせたかった。どれも当てはまるとは思うけど、逃げた理由かと言うとちょっとずれている。逃げた理由は〈逃げたい〉でしかなかった。

テレビドラマでは、登場人物の感情とその理由を明確にしたほうがいいと言われている。

初めて書いた連ドラはラブストーリーだった。主人公の紬は、高校二年生のとき同じクラスになった想をすきになる。この設定だけで十分だと思っていたが、ラブストーリーは恋に落ちた瞬間や理由が明確にあったほうがいいと助言を受けた。なるほどとは思ったが、実際の恋愛は気付いたらすきになってた!のほうが多い気がして、なんだかなぁと思ってしまった。

超まっさらな新人だったこともあり、素直に考え、紬は高校一年生のとき体育館の壇上で作文の朗読をする想の声に惹かれた、という設定を加えた。

なんとなく抗いたい気持ちもあり、紬と湊斗に関しては、明確な告白はないまま付き合うことになっていた、という二十代前半の恋愛によくある、気付いたらずっと視界にいて、あれ?もしかしてすきなのかも?的な馴れ初めにしてある。こっちのほうがリアルだけど、ドラマとしては味気ないらしいし、「紬はそんなに湊斗のことがすきじゃないんじゃない? 惰性で付き合ってたんじゃない?」みたいな感想もあったようで、心底申し訳ない気持ちになった。紬と湊斗に。すきになるきっかけや理由が不明瞭なことと、すきという気持ちの大きさに、相関関係などあるだろうか。

現実を生きる人たちの言動には、ドラマのようにすべてに理由が伴っていない気がする。ドラマだったら「キャラブレ」とか「整合性が取れていない」とか「感情が繋がっていない」とか言われてしまうようなことが、現実ではたくさんあるように思える。

失踪というとあまりに言葉のインパクトが強いから、何かとてつもない理由があるように思わせてしまう。〈逃げたい〉と言い換えてみるとわかってもらえる気がする。職場とか学校とか飲み会とか満員電車とか、〈逃げたい〉って思ったことありませんか。わたしはありすぎる。

小学校で女子のグループからハブられたとき。中学校で部活に行きたくなかったとき。高校なんかはもうぜんぶすべて何もかもイヤで、大学時代は看護実習助産実習地獄地獄地獄。続いて国試のプレッシャー。受かったら受かったで労働はツラい! ツラいのにこれっぽっちしかもらえない金銭。一握りの人間しかなれない職業を夢見てしまったり。

自分で決めた道を自分勝手にえっさほいさと走るタイプの人間でもしょっちゅう思っているのだ。逃げたい!逃げたい!逃げたい!失踪しない人間は、〈逃げたい〉から逃げながら生きているだけなのだ。

誰だって日々、明確な理由もわからない〈逃げたい〉が付きまとってきて、でも‟大人”だったり‟常識”だったりによって、ギリギリ自我を保ってその場に留まり、浅く浅く呼吸をしているんじゃないですか、みなさん。

逃げちゃえ!

生方美久(うぶかたみく)
1993年、群馬県出身。大学卒業後、医療機関で助産師、看護師として働きながら、2018年春ごろから独学で脚本を執筆。’23年10月期の連続ドラマ「いちばんすきな花」、’24年7月期の連続ドラマ「海のはじまり」全話脚本を担当。そして現在、TBS金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』が放映中。

TEXT=生方美久

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