令和の清少納言を目指すべく、独り言のようなエッセイを脚本家・生方美久さんがお届け。生方さんが紡ぐ文章のあたたかさに酔いしれて。【脚本家・生方美久のぽかぽかひとりごと】
第2回 女の子は青コーナーへ向かう
青という色は、なぜかマイナスな意味で使われることが多い。青臭いとか青二才とか、マタニティブルーとか。ボクシングでもチャンピオンは赤コーナーで、挑戦者が青コーナー。これはマイナスってことではないけど、でも、なんで赤のほうが偉そうなんだ?といつも思う。
ザ・ブルーハーツっていうロックバンドがいますね。リンダリンダ~♪ のブルーハーツ。わたしは『ロクデナシ』という曲が最高にすき。思春期の一時期、気が狂ったように聴いていたし、大人になった今は気が狂ってしまわないよう、よく聴いている。
昔、クラスメイトがブルーハーツのことを「やばい」と言っていた。羨ましかった。「やばい」とか「変わってる」とか「普通じゃない」とか言われたかった。わたしはそう思われたい子供だった。テレビの音楽特番で過去の名曲特集的なことをやるとブルーハーツのライブ映像が流れることがよくあって、歌ったり、演奏したり、視線を飛ばしたり、想いをぶつけたりしているその姿が羨ましかった。なりたいとか、やってみたいとか、かっこいいとか、すきとか、いろいろ思うんだけど、とにかく、ブルーハーツに向けた感情でいちばん大きいのが「羨ましい」だった。
子供の頃に言われた褒め言葉で多かったのが、「ちゃんとしてる」とか「しっかりしてる」とか「まじめ」とか、そういうのだった。そういう褒められ方だった。今思うと「良い子」とはあまり言われなかった。それがまた虚しい。女の子というのは群れで生息している生き物で、ボスが振り分けたクラスという単位のなかで、自主的にグループというものをつくる。グループへの所属はその年齢の女の子にとって、教室という密閉空間で生き延びるための最良の手段だった。過去に女の子だったわたしは、毎年4月になると血眼になってグループを結成した。女の子は自虐という見た目をした自己肯定という技がみんな得意。代表的なのが「わたしバカだから」「わたし変なのかな?」「みくちゃんみたいになりたーい」などである。実際はみんな常識人だし、みくちゃんみたいにはなりたくないと思ってる。
わたしは自分がバカでも変でもない自覚があった。ちゃんとしっかりまじめに勉強をしてたから成績はそれなりだったし、妙に達観して物事を見ていたので、周囲に変だと思われる言動をあえてとることはなかった。とはいえ何か人の役に立つわけではないし、愛想笑いもつくれず人付き合いは苦手。うまい具合に世の中とやっていける自信もなかった。バカなことをする男子や、変な言動で注目を浴びようとする女子に後ろ指を突き付けて「痛いヤツ(笑)」と笑った。そんな自分が嫌いだった。
バカになれない自分。なのに変わってると思われたい自分。そうなれないから群れに媚びて真っ当な進路を選ぶ自分。自分も人生も本気でつまんないものだと思っていた。みんなが言う「ちゃんとしてる」も「しっかりしてる」も「まじめ」も、全部「つまんないヤツ」という意味だった。はっきりとそう言われないことにモヤモヤした。でもその理由がわかっていてイライラした。答えのない問いばかりに何度も同じ公式をあてはめて、解いて、違いますってなって。半径2ミリメートルくらいのところをグルグルして、気持ちの行き場がなくて、また誰かの背中に指をさした。右手の人指し指は悪意でできていた。そういうモヤモヤイライラグルグルとした、青さゆえの致し方ない感情を浄化させてくれるのが、ブルーハーツだった。
バカじゃないのに役立たずで、変じゃないのに真っ当に人と関われない。そういうのを「それでもいいよ」とか「そんな君も最高」とか言ってくれる音楽はいっぱいあって、それらももちろん素敵なんだけど、ブルーハーツは「きみはそれ。ぼくもそう」とだけ言ってくれた。それだけであの長い長い青くて痛い思春期が突破できた。生まれたからには生きてやろうと思えた。“青春”に青という字がつく理由は何かとオシャレに考察されがちだけど、そんなんブルーハーツにブルーってつくからに決まってんだろ、と思っている。
青く痛い思春期も愛おしいと思えるのは、ロックミュージシャンではないものの、脚本家という自己表現を武器にした仕事に就けたからだと思う。こうやって言葉をつかってあのときのあの感覚をぶちまけられる。あの頃、わたしが「痛い」と後ろ指さしてたあの子は、今はちゃんとしっかりまじめに社会人らしい。今のわたしを「なんか病院やめて脚本家?とかやってんだって(笑)、まだ独身だって(苦笑)」と地元のマックで笑ってんだろうな。その指をへし折ってほんとに痛い思いをさせるつもりはないし、むしろ、やっと、あの子の人指し指が自分に向いたぞ、って、ハートを青く燃やすことができている。
女の子という生き物を終えた今、群れでの生活は不向きだったとわかり、フリーランスで働いている。原稿の締め切りは絶対守るし、遅刻もしない。メールの返信も早くてありがたいとよく言われるし、一通り一緒に仕事をした人からは「まじめだね」と言われる。「変わってるね」と言われることはやっぱりない。人間そう簡単に変わらない。ただ変わったことと言えば、今わたしの右手人指し指は、変な子の背中を指さすためではなく、キーボードのEnterを押して原稿を完成させるために存在しているってことくらい。
あとは、たまに自分の作品を「やばい!」と言ってもらえる。わたしはやばい。あのクラスメイトに言わせれば、今のわたしはちょっとだけブルーハーツ。大人になっても時々やっぱりブルーな気持ちになってしまう。それでも、いつまでも、痛いと言われても、できるだけずっと青コーナーで青春していたい。ちなみに、そんなわたしの好きな色は、ピンク。
生方美久(うぶかたみく)
1993年、群馬県出身。大学卒業後、医療機関で助産師、看護師として働きながら、2018年春ごろから独学で脚本を執筆。2022年10月期の連続ドラマ「silent」の全話脚本を担当。