多くの人に愛される存在であり、自身も愛に満ちあふれた人。戸田恵梨香が映画『母性』で挑んだ新たな愛のかたち。臆することなく愛を学び続ける、彼女の愛の美学とは――。
迷い悩みながら演じた、娘を愛せない母親
「実は、今作のオファーをいただいたとき、最初はお断りしたんです。正直、今の私には難しいと思いますって」
開口一番、戸田さんがそう語った作品が映画『母性』だ。娘を愛することができない母親と母親に愛されたい娘、ふたりの目線で描かれる苦しいほどに不器用な親子の愛の物語。
「実際に私が演じた母のルミ子は具現化するのがとても難しかった。彼女がどうしてこうなってしまったのか、頭のなかでは理解できても、どこかに咀嚼しきれない自分がいて。最後まで迷い悩みながら演じました」
もどかしいほどに無垢な女性かと思いきや、娘の前ではゾッとするような冷たい表情を浮かべる。スクリーンには美しくも恐ろしいルミ子の姿が。観る人の心を揺さぶるであろう演技を見事に披露した戸田さんだが、当の本人は完成作を観たあとも自分の芝居が正解なのかわからず、「私、大丈夫でしたか?」と周りに聞いて回ったそうだ。
「ルミ子をうまく咀嚼できなかったのは、私が親の愛情をふんだんに受けて育ったのが大きいのかもしれませんね。私は16歳のときに上京して、さらには芸能界という特殊な世界に飛び込んだので。親に心配をかけた分、愛情を感じる場面も多かった気がします。
今でも覚えているのは母が何度も口にした“何でも言いなさいよ、甘えなさいよ”という言葉です。当時の私は自立するのに必死で、その言葉の有り難さをちゃんと理解していなかったのですが、母はきっと、周りよりも早く大人になろうとしている私に“どこに行っても、いくつになっても、恵梨香は私たちの娘だよ”と伝えたかったんでしょうね。
そんな母の想いを改めて痛感したのが連続テレビ小説『スカーレット』の撮影で大阪に長期滞在したときでした。兵庫の実家から母が来てくれたのですが、朝食を用意してくれるその背中を眺めながら“母はいつまでも私の母で、私はずっと母の娘なんだな”って。変わらずに甘えさせてくれる、母の愛に胸が熱くなったりして」
作品に携わる全員が「良かった」と思える現場にしたい
「一度はお断りしたはずのオファーを受けたのは、昔からお世話になっているプロデューサーさんが“戸田恵梨香じゃないとダメなんだ”と説得してくれたから。その熱い想いに胸を打たれ、信じてみようと思えたからなんです」
戸田さんは、人と人との繋がりをとても大切にする愛情深い人だ。
「自分で言うのもなんですが、愛はわりと強めのタイプだと思います(笑)。特に周りにいる大切な人たちにはいつまでも健康で幸せであってほしいから。誰かが“体調が悪い”と言えば、これを飲んで、この病院に行って、これをしてと、ついついお世話を焼きすぎてしまうんです。愛があるからこその言動ではあるのですが、なかにはそんな私のことをお節介だと思っている人もいるかもしれませんね(笑)」
戸田さんは愛するだけでなく、周りから愛される人だ。映画『母性』では娘の清佳を好演、ドラマ「ハコヅメ〜たたかう!交番女子〜」に続き、2作品連続で共演を果たした永野芽郁さんも、戸田さんのことを「大好き」と公言している。共演者やスタッフからとても愛されている彼女に、現場の人間関係で心掛けていることを尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「主演という立場に立たせていただく機会が増えてから強く思うようになったのが、全キャストが“この作品に関わって良かった”と思える現場にしたいということです」
役者はそれぞれが役と向き合う、実は孤独な仕事だ。それだけに「現場のコミュニケーションを大切にしながらも、役と向き合うときはどこかで“人は人”と。個々の作業のなかでそれぞれが納得できていればそれでいいんだ、以前はそう思っている自分がいた」と戸田さんは語る。
「その意識が変わるきっかけになったのも『スカーレット』なんです。あれだけ長くひとつの作品に関わっていると、やっぱり現場がうまく進まない時期もあって。その流れを変えてくれたのが、私が演じた川原喜美子の父親役である北村一輝さんの“皆で話し合おう!!”というひと言でした。キャスト全員が集まりどうすべきかを話し合い、協力し合い、切磋琢磨しながら作り上げた。『スカーレット』はそんな実感を手にすることができた作品で。
さらには、新型コロナウイルスの影響でできなかった打ち上げの代わりに、プライベートな時間を割いてキャストが集まり慰労会を開いてくれて…。ケーキに書かれた“喜美子おつかれさま”の文字を見たときに改めて思ったんですよね。この幸せを返したい。これからは“人は人”なんて線を引かず、関わってくれた人たちをより幸せにできる現場作りを心掛けようって」
ぶつかり、転び、経験しながら人は愛を学んでいく
ひとつの作品での経験がまた新しい愛を教えてくれた。誰しもがそのように経験を重ねながら、愛されることや愛することを知っていく。
「愛は学ぶものだ」と戸田さんは言葉を続ける。
「私は学び欲が強くて。この仕事をここまで続けることができたのも、学ぶ機会が圧倒的に多いからなんです。人や作品との出会いはもちろん、こうやってインタビューを受けることで考えるきっかけをもらえることもある。私はそれがすごく楽しくて」
インタビュー中に「戸田さんにとっての母性とは?」と質問すると「ホルモン」というまさかの答えが。
そこから、女性ホルモンと母性の医学的なメカニズムを解説。エッセイや小説だけでなく医学本までも読破するほどの読書家でもある彼女は「経験はもちろん知識もまた人生を豊かにする」と微笑む。
向上心を持って、学びたい、成長したいと思うのはひとりの女性としても同じ。2020年に結婚した戸田さんだが、新たなライフステージでも愛の学びは継続中。
「結婚は他人と一緒に暮らすこと。幸せも増えるけど、同時に相手と擦り合わせなければいけないことも増えるわけで。そこでは自分の器の大きさや懐の深さを試されることも。でも、それが学び好きの私にとってはまた刺激的で、楽しかったりするんです(笑)」
家族でも、友達でも、誰かを愛するときに戸田さんが大切にしているのは“自分の物差しで測らないこと”。
「映画『母性』でルミ子と清佳の愛し方が異なるように、愛のかたちは人それぞれ。だからこそ、自分の物差しで測ろうとすると“なんでそうなるの?”“なんでこうしてくれないの?”、どんどん“なんで?”が増えていき自分を苦しめてしまう。“私はこうです”と自分の当たり前を相手に押し付けるのではなく“じゃあ、あなたの当たり前は?”と相手を理解しようとするところからきっと愛は始まるのだと思う。
そして、それが人を成長させてくれるのだと思います。それはきっと、この先に経験するかもしれない子育ても同じで…。“なぜ?”“どうして?”“どうすればいい?”を繰り返しながら、愛の学びは続いていくんでしょうね。時には“私のことも理解してよ!”って、小さな爆発を引き起こしながら(笑)。そんな心の揺れさえも楽しんでしまえるような器のデカい女性に、いつかなれたらいいなと思ってます」
『母性』
ある女子高生の遺体が自宅の庭で見つかった事件に端を発した“母と娘”をめぐる物語。愛せない母と、愛されたい娘――同じとき・同じ出来事を回想しているはずなのに、ふたりの話はしだいに食い違っていく…。それぞれが語る恐るべき秘密によって事件は180度逆転し、やがて衝撃の結末へ。
原作/湊かなえ『母性』新潮文庫
監督/廣木隆一
出演/戸田恵梨香、永野芽郁、三浦誠己、中村ゆり、山下リオ、高畑淳子、大地真央ほか
脚本/堀泉杏
https://wwws.warnerbros.co.jp/bosei/index.html
戸田恵梨香(とだえりか)
1988年8月17日生まれ、兵庫県出身。2007年「ライアーゲーム」でドラマ初主演。その後も「コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-」シリーズ(フジテレビ系)、「大恋愛〜僕を忘れる君と」(TBS系)、連続テレビ小説「スカーレット」(NHK 総合)、「ハコヅメ〜たたかう!交番女子〜」(日本テレビ系)など、話題作への出演が絶えない、日本を代表する女優。