デビュー作、『明け方の若者たち』が映画化となった小説家のカツセマサヒコさん。本作を生み出した背景、そして映画へとエンタメが広がっていく様子を伺いました。
常につくりかたを更新していく小説家に
社会に出たばかりの若者たちの迷いや恋を描くカツセマサヒコさんの初めての小説『明け方の若者たち』。同年代である多くのアラサー世代に支持されています。
「執筆に行き詰まっているときに、読者の方から『カツセさんは人の記憶に土足で踏み入るのが上手ですね』ってメッセージをいただいたんです。それでなるほど、そういう小説を書いてみよう、と思ったんですよ。僕自身は特別な経験をしたこともない極めて凡人的な青春を過ごしていて、それがコンプレックスでもあったんです。でもみんな同じような経験をしているなら、小説を書くうえで普通なことは武器になるのではないかと」
失恋に傷つく主人公が印象的な本作。
「単純に僕が重たいタイプなので(笑)。こんなに傷ついたのに、お腹も普通に空くんだと思ったら嫌でしたね。好きだった人と別れたときに味わった絶望をデフォルメして書きました。世の中にはどこか女性のほうが失恋に深く傷つくという定型化された何かがある気がして、めっちゃ落ち込む男を書こうと思ったんです」
そう静かに笑うカツセさん。この作品がこの冬、映画化されたこと、少し照れながらも喜んでいるのだそう。
「やや私小説的な内容なので、映画のポスターが貼られているのを見ると、自分の子供のスナップ写真が街に出回っているような感じでドキッとします。でも本当に素晴らしい作品を作っていただけ
た。映画のなかで、〈彼女〉がボトルのキャップをいじっているシーンがあるんです。その描写は小説にはないのですが『ああ、〈彼女〉ならきっとこうしてるな』と実感しました。映画でしかないシーン、小説にしかないセリフ、お互い高め合うことができたと思います」
カツセさんは日常や恋の、ふとした思いを綴るツイッター投稿が話題となり、小説家として活躍するきっかけにも。
「執筆中は、どんな言葉を求められているか知りたくて、本作のストーリーのダイジェストやセリフをSNSに投稿し、反応を見ていました。いいねの数が伸びたものはいくつか小説に採用して。ただ、ツイッター的な強い言葉が1冊続くとうるさくなってくるので、執筆の後半はそれを省いたり、ならしていく作業に入りました」
新しい小説のつくりかたで挑んだ1作目、けれど2作目の『夜行秘密』ではいっさいの事前ツイートがないまま発売に。
「2作読んでもらった方に、本当に同じ作者ですか、と言ってもらえてニヤニヤしていました(笑)。作品のレベル、つくりかた、常に更新していきたいんです」
カツセマサヒコ
1986年9月15日生まれ、東京都出身。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー、’21年に2作目『夜行秘密』(双葉社)を上梓。