日ごろから“言葉”についてあれこれと思いを巡らせている壇蜜さんの連載『今更言葉で、イマをサラッと』第24回目。言葉選びと言葉遣いが、深く、楽しくなる。そして役に立つお話。どうぞお楽しみください!
その24『分かる』
うら若き女学生3人組が電車内で話しているのを聞いてしまった。隣に座っていたのだから仕方ない。彼女たちは誰かの意見に対して「分かる」を連発させていた。分かる~という感嘆めいたため息も出ていた。勉強の話や好きなアイドルの話など、会話の内容は他愛ないものばかりだったが、「分かる」と共感しあい非常に盛り上がっていた。私にもこんな時代があったなと感慨に耽りそうになる。
人には「分かってほしい」と他者に理解を求める反面、「分かられてたまるものか」という他者の安易な理解を求めないという非常に面倒くさ・・・じゃなかった、繊細な心を持っているタイプが多い。状況やそのときの心持ち、相手によって分かってほしい、分かられてたまるものかの気持ちはちょくちょく変わる。
好きな者には分かってほしいし、嫌いな者には「分かるよ」と言われたくない。ワガママを言えば、そういうことになるのだろう。
という訳でみだりに「分かる」「分かります」というのは危険なのかもしれない。気が立っている相手に「あなたに何が分かるのよぅ」と絡まれると厄介だ。
相づちの中でも「分かる」の使い方は難しい。「それ私も経験あるかも」「お気持ち、分からなくもないです」と、遠方からかすかに理解している旨を面倒でも使うことをおすすめする。無論その後に詳細なエピソードをつけることも忘れずに。
本当に親しき者とだけ共有する相づち、それが「分かる」なのかもしれない。人付き合いの指南書には「そうですね」も同意と見なされ人間関係に変化が生じかねない・・・とあったくらいだ(そうですか、と言いなさいという指導もあった)。
相づちによるちょっとした食い違いや誤解は意外と多いという危機感から、今回は「分かる」を選ばせてもらった。
ちなみに最近は「分かる」と同じような表現だが同意未満、理解以上の表現が
若者の間に存在しているという。それが「それな」だ。「自担もっと映して」「それな」。訳は「自分の応援しているアイドルをもっとテレビに映してほしい」「それは確信します」だと推測する。若者言葉だが、いい距離を保った言葉だ。
大人でも「それな」は使えないだろうか。