猪狩蒼弥さんが映画『先生の白い嘘』に初単独出演。ジェンダーのタブーをありのままに映し出す衝撃作をどう自分のなかに落とし込んだのか、そして表現者として感じたことは――。思慮深く丁寧に、時折愛らしいユーモアを交えて語ってくれました。
人気漫画『先生の白い嘘』を実写映画化
「このテーマをアンタッチャブルなものにしてはいけない」
そう話す猪狩蒼弥さんの眼差しの鋭さにハッとさせられる。2年前に撮影されたという映画『先生の白い嘘』は、同名タイトルの漫画『先生の白い嘘』(鳥飼茜/講談社「月刊モーニング・ツー」)を見事に実写映像化。男女の性差・性の不条理に切り込むセンセーショナルなストーリー、登場人物の心の機微を116分に収めた。
猪狩さんが演じるのは、主人公である原美鈴が担任するクラスの男子生徒・新妻祐希。クラス内で人妻との不倫関係がウワサされる新妻に事情を聞き出そうと呼び出した美鈴は、新妻から性の悩みを打ち明けられる。それは心に深く傷を負うほどの苛烈なトラウマだった。
「新妻は不器用で拙い人。そこが人間らしくもあり愛すべきポイント。俺が新妻を演じるにあたって一番意識したことは、新妻の痛みを可能な限り理解すること。『なんでこんなことをしたんだろう?』って常に考えていました。撮影当時の俺と新妻はほとんど同い年だったこともあり、理解できない部分はまったくといっていいほどなかったです。俺と新妻の違いは外向的か内向的かってだけで、考え方は遠からずな気がしたんですよ。むしろ、不明瞭な言葉やあやふやな定義に対して切り込んでいく新妻の子供っぽい感じは、俺もいまだにそういう節があるなと思いました」
髪の毛は整えず、野暮ったく。三木監督と話し合い、リアルの世界に体温を持って作り上げられた新妻像。猪狩さんはこの作品のヒントをもらったような印象的な言葉があるという。
「監督が『この作品は先生と新妻のラブストーリーだから』っておっしゃったんです。それを聞いたときに作品に対して自分の役割を理解したというか。全体を通してみたら『性差』の話なんですが、新妻の立場に立ってみると先生にひたむきに恋をする過程のお話だし、先生に新妻のことを好きになってもらう話なんですね。俺はこういう(解釈の)『先生の白い嘘』をやるんだと心が決まった瞬間でもあります」
現場の裏話と単独出演について
美鈴と新妻、美鈴と親友の美奈子、美鈴と美奈子の婚約者であり美鈴に女であることの不条理を植え付けた早藤。それぞれの関わり合いが意味をもたらすシーンの連続。なかでも猪狩さんは、大雨のなか美鈴を待つあるシーンについて、その撮影現場を振り返り無邪気に教えてくれた。
「まじで大変でした。富山の4月の夜でめっちゃ寒かったし体感長く感じた(笑)。制服の下にカッパを着ていたんですけど、結局ビショビショに。意味なかったよ、あのビニール! あと、撮影が止まっているときに『寒いですー!』って騒いでたら、監督に『これが終わったらいいことあるから頑張ろう!』って宥められたんですけど、結局いいこと何にもなかった。これって子供に対する嘘ですよね?(笑)。 始まる前は、雨のシーンって楽しいものだと思っていたんです。だって実際は晴れてるのに、自分のところだけ雨が降るってすごい幻想的じゃないですか? 始まる前は、映画『雨に唄えば』みたいな感じね!って思っていたけど、後から調べたらジーン・ケリー(※主人公の俳優)も風邪ひいたっていうじゃない。大変なんだって身をもって知りました…」
そんな撮影現場も乗り越え、初の単独出演を決めた今回。HiHi Jetsのメンバーである猪狩さんは、グループへの還元を考えるきっかけになったそうで。
「メンバーは『そろそろ公開だね』って言ってくれています。けれど、観ても感想は言わないだろうな。うちのグループってなんでかわからないけれど、お互いの出演作品や番組を観て感想を言い合うことがなくて。個人個人ではあるかもしれないけど、5人では話さないかな。なんでだろう? 言えばいいのにね(笑)。
今作を経て、これからもお芝居をやっていきたいと強く思いました。誰かの心の叫びを代弁できる俳優という仕事は、エンタメの枠を超えて社会的に意義のあることだと。しっかり投影していけるような人でありたいと思います。
そして、俳優としてひとりで出るっていうのは気持ちが全然違いました。メンバーって無条件で頼っていい相手だけど、周りにいないから頼れない、自立しないとって。良くも悪くも自分の評価ってグループにも反映されますよね。これまで他のメンバーが映画やドラマに出るときは『いってらっしゃーい!』って送り出していたけれど、その立場になってみて初めて、グループを“背負っている”という感覚になりました」
猪狩蒼弥「無関心が一番悲しい」
体を弄ばれ、心が蝕まれていく――。その性差をまじまじと感じさせられてウンザリしているはずなのに、近づきたいとどうにも惹かれてしまう。暴力ではなく純粋な恋心だと信じたい。物語の鍵を握る重要な役に抜擢された猪狩さんは。
「このお話をいただいたときは、責任感が伴う作品だと思いました。『性の不条理』がテーマだけれど、触れちゃいけない話題にしてはいけない。アンタッチャブルにして端に追いやっちゃいけないものだと思うんです。一人でも多くの人に伝えることに意味があると思い、原作と性被害に遭われた方に向けて誠意を持って臨みたいと思っていました」
構想から公開まで約7年。人間の奥底に抱える醜さと美しさをえぐるストーリーに映像化は不可能かと思われたが、ついに哀しくもリアルに映し出されることとなる。本性がぶつかり合う歪んだ感情に目を背けたくなることも。
「正直、作品を観たからってこの世界が急に良くなることはないと思うんです。これを観て『議論してください』というわけでもなく。でも新妻や先生のように、男女問わず被害に遭う可能性を誰しも孕んでいるのは事実ですよね。難しいこと、面倒くさいことと思わずに、理解すること、理解できないということを理解すること。どんな感想を持ってもいいから、まずは観てみてほしい。
そして近年、“多様性”や“男女平等”という言葉が独り歩きしている気がするんです。それは出生や考え方が違うから、その言葉の定義を明確化できないからだと思っていて。だから議論する余地ができたのもある種の進歩。どれだけ議論してもきっと絶対的な答えはないし、時代によって移り変わっていきますよね。でもこの作品は定義付けた。物語として完結させることで、現時点での解釈を形にして残しておけることに意味を感じています。これから先、価値観や意見が変わっていくべきだから『2024年現在の解釈はこうです!』って点を打ったような、ピンを立てたような作品になったと思います」
かつては、臭いものに蓋をするように、暗がりに押し込んでいたように、無意識に遠ざけていたかもしれないことに、本作ではスポットライトを煌々と当て、ひとりないし4人の未来を愚直に映し出す。どんな感想を持ってもいい、あなただけの意見を持っておいてほしい。そうした先に意識の底上げがなされることを願っているのだ。
『先生の白い噓』
出演/奈緒
猪狩蒼弥 三吉彩花
田辺桃子 井上想良 小林涼子 森レイ子 吉田宗洋 板谷由夏 ベンガル
風間俊介
原作/鳥飼茜 「先生の白い嘘」(講談社「月刊モーニング・ツー」所載)
監督/三木康一郎
脚本/安達奈緒子
配給/松竹ODS事業室 / イノベーション推進部
映倫区分/R15
※7月5日(金)全国劇場&3面ライブスクリーンにてロードショー
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猪狩蒼弥(いがりそうや)
2002年9月20日生まれ、東京都出身。HiHi Jetsのメンバー。映画『恋を知らない僕たちは』が8月に公開予定。
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