女性医療ジャーナリストの増田美加さんによる連載。人生の基礎になる“健やかな体”を手に入れるための最新知識をお届けします。今回は、HPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンの知識と、子宮頸がん予防活動における日本の第一人者、宮城悦子先生(横浜市立大学医学部産婦人科主任教授)に伺った接種の現状をお伝えします。
新型コロナワクチンとともに、HPVワクチンについても知って欲しい
新型コロナウイルスのワクチン接種が先進国のなかで後れをとり、日本は、ワクチンの後進国であることが露呈しています。
そんななか、女性たちに、今こそ思い出してほしいのが子宮頸がんを予防するためのHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンです。新型コロナウイルスのワクチン以上に、HPVワクチンは、高いレベルで有効性と安全性が明らかになっているワクチンです。
先進国の多くは、HPVワクチンで、子宮頸がんによる罹患率、死亡率ともに減少している状況です。しかし、日本では、いまだに20代~40代女性の間で、子宮頸がんは罹患率、死亡率ともに増加しています。妊娠・出産世代である女性の子宮頸がんを予防することは、産める力を維持するためにも、重要です。
日本のHPVワクチンの接種率は1%未満
子宮頸がんは、おもに性交時のHPVの感染によって起こるがん。この子宮頸がんは、ワクチン接種と検診で、ほぼ完全に予防できるがんです。
世界では、子宮頸がん排除に向け、15歳までにワクチン接種率90%を目標に進んでいます。ところが日本では、世界に遅れて2013年にやっと定期接種化が実現したのですが、わずか2ヵ月後、厚労省が接種勧奨を差し控えると発表したのです。
そのため、小6~高1の女子は、今も公費で無料接種ができるにもかかわらず、当時約70%だった接種率が1%未満まで激減しています。
しかし、定期接種としての位置づけに変わりはなく、希望すれば今も小6~高1相当の女子を対象に、公費助成で無料接種が可能です。詳しくは厚労省の下記アドレスが参考になります。また、自治体の定期接種ワクチン担当部署に問い合わせてもいいでしょう。
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/index.html
ワクチン接種した当時の女性は感染率が低下!
「HPVワクチンの接種率が70%以上だった当時の女子を調べてみると、HPVの感染率の低下と、子宮頸がん検診の細胞診の異常の減少が明らかになっています。
しかし、厚労省が接種勧奨を差し控えると発表してから7年以上も経っていますが、いまだに、自治体からワクチン接種の対象となる女子たちに、個別に接種を奨める積極的勧奨が再開されていないのです」と宮城先生。
なぜ当時、厚労省は、接種勧奨を差し控える発表をしたのでしょうか? 覚えている人もいると思いますが、HPVワクチン接種後、全身の疼痛や運動障害を起こした人がテレビなどで大きく報じられ、安全性を疑問視する報道が続きました。
接種開始わずか2ヵ月で、厚労省は、接種後の有害事象の調査のためとして、HPVワクチンの積極的な接種勧奨を一時停止する発表をしたのです。この事態は今も続いています。
HPVワクチンの中身と有害事象との関係性は?
その後、当時報道された全身の疼痛や運動障害などの有害事象は、ワクチンの中身と無関係で、一定頻度で自然発生することが明らかになっています。
日本産科婦人科学会、日本小児科学会でも、積極的な接種勧奨の再開を国にくり返し、求めています。
接種の差し控えの原因となったのは、接種後の全身の疼痛や運動障害などの“多様な症状”。この多様な症状とワクチンとの因果関係は、厚労省の調査(*1)でも証明されませんでした。3万人規模の調査(*2)でも因果関係は明らかではないとの結論です。そして、当時、重い症状が出た人の多くは、今は回復しています。
HPV9価ワクチンや男性への接種がやっと日本で承認。しかし…
日本で2013年にHPVワクチンが定期接種化した当時、承認されていたのは、HPV2価ワクチン(HPVの16型、18型の予防効果)とHPV4価ワクチン(HPVの16型、18型、6型、11型の予防効果)でした。
ところが今年、大きな動きがありました。
「HPV2価とHPV4価ワクチンに加えてHPV9価ワクチン(9種のHPV「6型、11型、16型、18型、31型、33型、45型、52型、58型」を予防できる)が日本でも、欧米に遅れやっと2020年7月に承認。今年(2021年)2月24日に発売開始となったのです。
HPV9価ワクチンは、約90%以上の子宮頸がんの予防が期待できるワクチンです。海外の先進国では、すでに、このHPV9価ワクチンが定期接種の主流になってきています」と宮城先生。
また、日本では女性への接種のみだったHPV4価ワクチンを、2020年12月に厚労省が9歳以上の男性へのワクチン接種と肛門がんへの適応を承認したのです。
HPVは、おもに性行為で感染するので、男性から女性へ、女性から男性へも感染します。そして、女性はおもに子宮頸がんの原因になりますが、男性も中咽頭がん、肛門がん、陰茎がんなどの原因にもなります。
すでに、世界では、女性だけでなく男性への接種も広がっています。今後は、日本も、女性だけでなく、男女ともに、公費による定期接種を期待したいところです。
20代30代でもHPVワクチン接種はメリットがあります!
現在、日本では、2価と4価のHPVワクチンの公費(無料)による定期接種は、小6~高1の女子だけですが、高2以降の年齢、20代、30代でもHPVワクチン接種は、有効です。メリットがデメリットを上回ると言われています。
ただし、高2以降の女性には、公費助成がありませんので、自費になります。HPVワクチンは3回接種が必要で、医療機関によって異なりますが、3回分で4~5万円程度かかります。高2以降の摂取も、早く無料化してほしいという声もあがっています。
WHO(世界保健機構)は、2019年「世界中から子宮頸がんをなくすことが可能。子宮頸がんを歴史的書物の疾病にする!」と発表しています。
「そのシミュレーションによると、2030年時点でHPVワクチンを15歳までの女子が90%接種、子宮頸がん検診を35歳、45歳で70%受診、必要な子宮頸がん治療を90%の人が受けられれば、2060年には地球上から、子宮頸がんがほぼ排除されたと言える数字まで下がると言われています(*3)」(宮城先生)
世界からなくなろうとしている子宮頸がんに日本女性だけが…
このままでは、救える命も救えません。HPVワクチン接種率を早く回復しなければ、日本の子宮頸がんによる将来への影響は、甚大になります。
「ワクチン接種と検診を併用することで子宮頸がんにかかって子宮を失うこと、命を失うことを防ぐことができると証明された今、その機会を奪ってしまうことは、女性にとって大きなデメリットです。
世界中100ヵ国以上の女性たちは、ワクチンと検診で頸がん予防を行っていて、子宮頸がんは地球上から排除されようとしています。
このままでは、先進国の中でも、日本は発がん性HPV感染が多い国、子宮頸がんが多い国となってしまう懸念があります 」と宮城先生。
日本産婦人科学会、小児科学会など多くの専門家の団体、NPO団体が何度も国や政治家に接種勧奨の再開を求めて要望書を提出していますが、なぜだか国は動かぬままです。これも新型コロナへの対応が遅れているのと同様の理由でしょうか?
世界では排除され、なくなろうとしている子宮頸がんの感染リスクに、日本の女性は今もさらされたままでいるのです。
宮城悦子(みやぎえつこ)医師
横浜市立大学医学部産婦人科学教室主任教授。1988年横浜市立大学医学部卒業。医学博士。婦人科腫瘍専門医・指導医。日本産科婦人科学会特任理事(子宮頸がん予防担当)。日本の子宮頸がん予防活動の第一人者。
*1 厚生労働省研究班(祖父江班)全国疫学調査結果報告平成28年12月
*2 Suzuki S, et al. Papillomavirus Research 2018; 5: 96-103.
*3 「世界的な公衆衛生上の問題「子宮頸がんの排除」」WHOスライド(日本語翻訳版)jsog
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