仕事を離れて得た結論。新しいスキルも必要だけど、得意なものに磨きをかけることも大切

毎日のようにラジオから流れてくる、耳に心地よく、洗練された美しい声。その主は、ラジオDJとして活躍する池田なみ子さん。顔が見えないラジオというメディアをとおして、多くの人の心を掴む仕事。その知られざる舞台裏を垣間見れる、池田さんのお仕事エッセイ2回目。【シリーズ／お仕事エッセイ】

ロンドン狂騒曲

♪CLASH　London Calling

前回のエッセイからの続き。早朝のラジオ番組を担当していた“まだひよっこ”の私に、ゴールデンタイムの番組からオファーが。それを断る口実で、英国へ海外逃避することに！　何故、英国？

UK ROCKとUS ROCK、どちらの方が好きな曲が多いかなぁ？って考えたことと、王室のある国への憧れ。さらにいうとアメリカの音楽界は少し商業的で、イギリスをはじめヨーロッパでは音楽を芸術として扱う印象があったから。いずれにしても確固たる理由がないのだけれど。ヨーロッパの歴史や文化に触れるにも英語圏の国を入り口にするのが都合が良かった。

生まれて初めて1週間以上も親元を離れて暮らす日々が始まる。わずかではあったが、自分が働いて得たお金が資本だ。大人になった気持ちで降り立ったヒースロー空港は、以前に旅行で来たときとは全く違った景色に映る。迎えに来てくれているはずの友達と落ち合ってフラットへ向かうはずが　待てど暮らせど友達は来ない。今のように地図アプリもなく、LINEでのやり取りもできず、不安に押しつぶされそうな気持ちで3時間近く待った後、諦めてフラットの住所を片手にロンドン中心部へ向かう。大人になった気分もすっかり迷える子羊の如く、ベイカーストリートにあるフラットにたどり着いたときには涙が溢れた。その後友達はパスポートを紛失し再発行に時間がかかり過ぎてしまったという事が判明。お互い無事で良かった。

高校時代の友人を含めた日本人女性4人でのルームシェアが始まった。帰国後にはバイリンガルDJとしてのお仕事のオファーがあるだろうことを想像しながら、語学学校入学の手続きも済ませた。授業のない日は美術館を巡り、ケンブリッジやブライトンへの小旅行をし、日本からやってくる友人たちの観光ガイドを務め、地元の海賊ラジオ放送を聴き漁り、ライブにも行き…ロンドンに暮らしているということが楽しかった。

しかし、その楽しさも4ヵ月経った頃に変化が出て来た。自らの病に気付いたのだ。ホームシックという名の淋しさに苛まれる病。仕事のステップアップ、スキルアップのためのロンドンだが、淋しさに加え語学力を身につけるのはそんなに簡単でないことを悟る。生活英語で精一杯で、自らの伸びしろが全く見えない。

帰国後にバイリンガルDJとなれるのか？

そもそもラジオDJに英語はどれくらい必要なのか定義はないけれど、ナショナルヒットチャートを紹介するなら歌詞がわかると音楽解釈の幅が広がるだろうし、今の時代ならSNSでのアーティストの発信をいち早く理解できる。来日アーティストにインタビューする機会に恵まれたなら、言葉が通じることで心の距離はグッと縮まる。

『よし！もう少しこの地で頑張ってみよう！』と思えたら良かったのだが、私の心は『帰ろう』を選んだ。語学を習得するならばそれなりの環境を整えて集中しないと、このままではいたずらに時間が過ぎていくだけだと考えるのは言い訳くさいけど、帰国の選択は正しかったと今では思う。帰国の目処をつけ、カレンダーにバツ印をつけて過ごした。

大好きなアーティストを多く生み出し育てた愛しき街、ロンドンでの日々。一年足らずで帰国し、英語力は上達しなかったけれど出会った人たちとの記憶、精神的に得たものは大きく、かけがえのない若かりし頃の時間となった。もともと自分に都合の良い考え方が得意な私は、日本でより美しく優しい日本語を学び直すことも大切だ！なんて思い始める。言語に限らず、新しいスキルを身につける努力も大切だが、得意なものに磨きをかけることもまた大切。

帰国後に嬉しいご縁があり、再びラジオDJのお仕事を頂くことができたものの、結局は通訳を介さずに来日アーティストにインタビューするには力及ばず。一度MEGADETHのデイヴとマーティに通訳なしインタビューをトライさせていただいたけれど、親日家で当時から日本語を勉強していたマーティに多くを助けてもらい仕事にはならないことを痛感する。

次回はそんなインタビュー現場でのお話を少し。