壇蜜より「母は私よりも演技派だろう」

日ごろから“言葉”についてあれこれと思いを巡らせている壇蜜さんの連載。『今更言葉で、イマをサラッと』というテーマについて、ご本人いわく 「今更考察するのも恥ずかしい・・・でも、考察の後に見える何かを共有しませんか。あ、あくまで私見です」とのこと。言葉選びと言葉遣いが、深く、楽しくなる。そして役に立つお話。どうぞお楽しみください!   

その29 『 そこをなんとか 』

自分にも守るものがある。しかし相手もそれは同じこと・・・そんな中で交渉を進めていくようなギリギリな状況は出来れば無いほうがありがたい。しかし社会は世知辛いもので、なかなかそういう訳にもいかない。そんなときに生まれた言葉が「そこをなんとか」なのかもしれない。お立場は重々承知ですが、そこをなんとか譲歩してもらえないでしょうか・・・という切実な願いがこもっている。

しかし最近では「そこをなんとか」という言葉があまりにも切実な前置きすぎて、コントやドラマでのシーンでしか聞かないような気がする。本当に切羽詰まっている交渉時に「そこをなんとか」を発動させたら台詞っぽくてイマイチ真剣さが伝わらないという事例もあるようだ。確かに「そこをなんとか」は、たたき売りの値下げ交渉時に使われるような「もう一声」や「もういっちょ」的なノリが出てしまう。「真面目にやってるのか」と疑われかねないので使い方には充分用心したい。

そこをなんとか、で止めてしまうとこういうノリが生まれるので、しっかりと「そこをなんとかお願いします」「そこをなんとかお受けして頂きたいのです」と言って相手の反応を見るほかあるまい。しかしお願いばかりでは突破できないこともあるので、「こちらもなんとかこうします」がセットだとハードルも下がるだろう。日常生活でも「そこをなんとか~してもらえない? 私は~するから」と言われたら頼みごとに巻き込まれた感はあるが無視できなくなる。

私の母も私が学生の頃から「宿題あるよね・・・でも、そこをなんとか合間ぬって買い物頼めない? 今日はごうせいに美味しいの作りたいからさぁ」とドラマチックな交渉をしてきたものだ。そのあとは「ありがたい。ありがたい」という激励がついてきた。ビジネスの場では過度だった演出も、私生活で「そこをなんとか」を使って演技がかって頼まれると態度を頑なに出来ない。そういう意味では母は私よりも演技派だろう。

そこをなんとか・・・はビジネスよりも円滑な私生活を守るためのへりくだりの表現に変わりつつあるのかもしれない。アフターケアの激励も忘れずに。

文/壇蜜

壇蜜
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壇蜜
タレント。さまざまな職業経験を経てグラビアデビューし、バラエティやトーク番組、ドラマ、映画でも活躍。独特の感性と表現力にも注目が集まり、執筆活動も多い。初の連作短編小説『はんぶんのユウジと』(文藝春秋)が絶賛発売中。最新刊は『結婚してみることにした。壇蜜ダイアリー2』(文藝春秋)。
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