齢五十も過ぎて、人生初の「推し」ができ、老化する一方の身で西へ東へ遠征する。心は軽いが身体は重い。ままならぬことばかりの50代オタ活考察記! 書評家・藤田香織さんによるエッセイ【だらしなオタヲタ見聞録】。
武道館で玉置浩二の「ほんもの」を浴びて、推し界隈のライブに夢見ること
先日、日本武道館で開催された『玉置浩二 LEGENDARY SYMPHONIC CONCERT 2025 "ODE TO JOY"』に行ってきました。
今、日本でいちばん歌ウマなのでは? といわれている玉置浩二がオーケストラとタッグを組んで全国を回っていたこのツアー。福岡や熊本では九州交響楽団、大阪では大阪フィルハーモニー交響楽団や日本センチュリー交響楽団、沖縄は琉球交響楽団、山形は山形交響楽団といった地元のオケをバックに15都市で行われてきたわけですが、ツアーファイナルとなるこの日は東京フィルハーモニー交響楽団と共演。指揮は大友直人、という布陣でした。
武道館への地味に続く上り坂に小声で悪態を吐きつつ開演30分前に入場すると、アリーナにはオーケストラの準備がされている舞台&両端に大型スクリーンがあるのみ。セットらしいセットは何ひとつない一方で、客席はステージ後方まで開放していて、潰し(セットや客入りの問題からステージ後方席は売らないライブも多い)なし。客層も老若男女(いちばん少なかったのが若女で、若男は結構多かった!)、おそらく十代から八十代まで見かけ、てっきり中高年祭だと思っていた身としては意外な驚きが。
チケットは、ファンクラブで入手したわけではなく、一般プレイガイドの抽選で当たったものだったので、席はスタンド2階の天井かな、と覚悟していたものの、幸いにもスタンド1階で視界は良好。開演時間ちょうどに下手からオケのメンバーが登場し、指揮の大友氏が続き、2曲ほどオケの演奏で場内があたたまってきたところで玉置浩二ご本人登場。途中休憩を挟んで約2時間、ただただ圧倒されて息をのんでいるうちに、コンサートは終了したのでした。
いやー、凄かった! 知らない曲も多かったけど、歌声に惹きこまれすぎて、飽きる暇が全然なかった!
途中、何度かあったマイクを外して歌う場面なんて、音が悪いでお馴染みの武道館にもかかわらず、隅々まで生声が響き渡ってきて、神々しささえ感じたほど。往年のヒット曲「ワインレッドの心」「じれったい」「悲しみにさよなら」「夏の終りのハーモニー」などを歌った後半は盛り上がりも凄まじく、アンコールの「メロディー」では方々からすすり泣きが聞こえ、ラストは多幸感MAXな「田園」。帰路につく観客は総じて、良いもの見せてもらったなぁ! と満足気で、個人的にも間違いなく、まさに至福の時間だった。
で。
考えちゃったわけです。
実は正直、私はこれまでに自分の推し界隈のライブや舞台を観に行った際、途中で「飽きちゃう」時間が、まま、あったのです。
それは大抵、曲が好きではないとか、ストーリー的に中だるみしているといった推し本人たちが悪いわけではない外的な理由からだと思い、これまでは(まあそういうこともあるよな)と自分を納得させていたわけですが、今回玉置浩二のコンサートを見た結果、もしやこれは、結構根深い問題なのでは……? と気付いてしまった。
全然知らない曲が続いても、歌以外ひとことも話さなくても(「ありがとう!」すら発しなかった!)、もちろん固定ファンサなどなく(観客に向かってエアハグするなどのジェスチャーファンサのみ)、火や水を使った特効も、近くまで来てくれるトロッコやリフターもなく、踊ることもなく、ただただ歌う、それだけなのに、1秒たりともコンサートから気持ちが逸れることがなかったというこの事実。
好き度でいえば明らかに勝る推しの現場では、何度も(終わったらなに食べようかなー)てなことを頭の片隅で考えたことがあるのに、そんな隙が一切なかったという衝撃。
「アイドル」というジャンルで生きる推しの魅力は、歌やダンスのスキルだけにあるわけではないのは明白で、拙いことが許される、その成長を見守ることもまた楽しみ、という風潮が確実にあります。去年より高音が出るようになったとか、演技が上手くなったとか、痩せた太った髪型変えた、どんなことでも沸けるし昂まれる。
だからスキルがさほど高くなくてもいい、と思ってきた、いえ、思おうと心がけてきたのです。歌手じゃないんだから、ダンサーじゃないんだから、専業の人ほどの能力がなくても仕方がない、と。
でも、だけど。「ほんもの」を浴びてしまうと夢見てしまう――。
いつか、こんなふうに推しに打ちのめされたいと願う欲深さを自覚しながらも、叶わぬ夢ではないと思うのでした。
より充実したオタ活生活に!<今月のオタ助け本>
『ユーミンの歌声はなぜ心を揺さぶるのか 語り継ぎたい最高の歌い手たち』(武部聡志 著/取材・構成 門間雄介/集英社新書)1155円(税込)
ひとことに「凄い!」「上手い!」と言っても、矢沢永吉と松任谷由美の「凄さ」が全く別物であることは誰でも分かる。では具体的にどこがどのように違うのか。ピアニストとして幾多のアーティストの現場に参加してきた音楽プロデューサーの著者が、時代を代表する吉田拓郎、井上陽水、山下達郎、中島みゆき、松田聖子、米津玄師など50人超の歌い手の魅力を解説。もちろん玉置浩二も!
「小説幻冬」2025年8月号