20年以上、毎日300~500歩程度しか歩いていなかった超絶インドアだらしな生活だったのに、突然フッ軽オタ道を走り出したこの数年。もう「いつかそのうち」なんて言ってられん! 見たいものは見ておきたい! 寄る年波を乗り越えて、進め! 書評家・藤田香織さんによるエッセイ【だらしなオタヲタ見聞録】。
真夏の野外フェスは無理…
推し活において、いちばんワクワクするのは、「現場」が発表されたときではなかろうか、と思います。
そりゃもちろん、チケットの当落日もドキドキする。当日にならないと席がわからない電子チケットなら、発券時も心筋梗塞の不安を抱くほど相当心拍数は上がります。紙チケットが自宅に届くパターンだと、封筒を開封して折りたたまれた紙を開く瞬間、わざと茶化すように♪ジャン♪と自分で効果音をつけて興奮を逃がしたり。
推し活界に足を踏み入れて「楽しい」と思う大きな要因のひとつに、私はこの、わりと頻繁にやってくる「運試し」がある、ような気がします。
というのも、大人になると運を天に任せる、という機会が、一般的には明らかに減ってくる。やらずの後悔よりやって後悔せよとか、失敗は成功の母であると教えられて育っても、それは若者時代までの話で、トシを重ねてくるとリスク回避をついつい優先してしまう。余計な失敗をしている時間も体力もなくなってくるからです。物事の決断は慎重に! ハイリスク、ハイリターンより得るものは少なくても安心安全を取りたい! 人事を尽くしたら天命なんて待たずに確実な結果が欲しい。冒険しないお年頃になってくる。
でも、そうやって無難に生きていると当然日々に刺激はなくなってきます。ワクワクしたい、ドキドキしたい、ハラハラだってしてもいい。だけどリスクは負いたくない。いやいやそんな都合のいい話はないだろう、と大人だからこそわかっているけれど、推し活における「現場ごと」はその願望が叶うのです。たとえ人気がありすぎてチケットが取れなくても、用意されたチケットの席がさほど良くなくてのも、それで「損」をするわけじゃない。何よりも、その当落や席の配置は「運」でしかない、自分の努力や配慮が足りなかったせいではない、という事実が、気持ちを楽にする。
しかし、それもこれも「現場」がないことには始まりません。諸事情でライブや舞台の観劇には行かない、行けない人がおられるのは重々承知ですが、現場に関連するあれやこれやの楽しさを知ってしまうと、在宅茶の間オタ活動だけでは物足りなさが出てきてしまう。推しに会いたくて会いたくて震えるのではなく、ワクワク、ドキドキの禁断症状が出て震えたりする始末。
というわけで、私は適度に現場の発表があることを常に願っていて、年に一度、ライブツアーがあり、終わったら舞台の出演が決まり、年に数回は合同コンサートやフェスに出演してくれることを理想としているのですが、にもかかわらず、どうしてもどうしても、申し込むことさえできない「現場」があるのもまた事実。
まったくワクワクしない。できない。決まって良かったね! とは思うけど、自分はどうしたってそこへは行けない。
それが、夏の野外フェスです。
炎天下、日陰もなく、座ることさえままならず、周囲にはぎっしり人がいる。ステージに近いポジションを確保したければ入場前から並び、トイレにも並び、場所によってはシャトルバスなどでも並ぶ。
水は最低でも500ml×5本は必要、冷却グッズも忘れるな。栄養補給できる凍らせたパウチ飲料があるといい。日傘なんてとんでもない! 団扇なんて迷惑だ! 日焼けに気をつけろ、直射日光なめんなよ。あ、でも雷雨にも気をつけて。雨対策も考えて。6時間? いや35℃超えで8時間は立っていられる体力が必要だ、云々。
フェス慣れした人々の声を聞けば聞くほど、「無理。絶対」と思ってしまう、それが夏フェス。
いやそれだって、東北や北海道の広々した地で、フェス飯なんぞを食べながら、ゆるりと観られますよ系ならまだ検討の余地はあるかもしれなくもないでしょう。会場まで徒歩30分とか、ステージとステージの移動に20分かかるのも、頑張れるやもしれなくもないかも。
でも。真夏の大阪は無理。
推しの現場に、お金や時間の問題ではなく、体力的に無理なものがある、迂闊に出かければ死に近づく可能性がある現実――。
50代だから、ではなく個人的な問題なのかもしれませんが、そうはいっても夏フェス参加は、やはり加齢による健康問題は大きい。暑さもだけど、近いのに遠い排泄トイレ問題をクリアできる秘策も思いつかない。炎天下での大人のオムツの使用感を誰か教えてくれないか。
ドキドキは安心安全であってこそ。潔く諦めるのも、大人の分別だと自分を宥める六月です。
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『魂の歌が聞こえるか』(真保裕一/講談社)1950円
大手レコード会社のA&R(アーティスト&レパートリー。ディレクター)を主人公に、新人バンドのデビューまでと覆面活動に固執するメンバーの秘密を描いたミステリーなのだけれど、社内での予算配分やタイアップ獲得の裏側、数字の大切さなど音楽業界のシビアな現実がとてもよくわかる。アイドルやアーティストを「売る」ってこういうことか! と唸りまくり。
「小説幻冬」2025年7月号より