タレント・芸人として活躍するいとうあさこさんが日々のあれこれ、想いを綴るエッセイ。【連載「あぁ、だから一人はいやなんだ。】
ふつうの子ども
先日、映画『ふつうの子ども』を観に行った。この作品は呉美保監督の最新作。呉監督の作品は昨年、『ぼくが生きてる、ふたつの世界』を観た。これは忍足亜希子さん演じる“きこえない”お母さんと、吉沢亮さん演じる“きこえる”息子。つまり、コーダ。耳のきこえない両親に息子が生まれ、その彼が大人になるまでのお話。
そもそも忍足亜希子さんは私と生年月日がまったく一緒で、毎年お互いに「おめでとう」を言い合っている。そんな彼女の映画なので観に行った。ただね、本当に何て言うか、思っていた映画ではなかった、と言うか。なんか、“きこえる”“きこえない”じゃなくて。リアルな家族の物語が丁寧に描かれていて。その優しさやあたたかさや苦しさを全身で浴びる、そんな映画でした。それがこんなこと今までなかったのですが、エンドロールで私、涙が止まらなくなって。もう何の涙か、まったくわからないんです。だけどエグエグしちゃうくらい大号泣。最後のお母さんの、とてつもないでっかい愛をくらったところに来るエンドロール。そこで流れる、監督作詞の“letters”という英語の曲の歌詞。日本語訳にすると、
お元気ですか?
こちらはみんな元気です。
仕事は見つかりましたか?
ちゃんと食べてますか?
こちらはパートを始めました。
(中略)
あなたの人生が、
うまくいくことを願っています。
何気ないお母さんからの息子への手紙。その優しさにかなぁ。バカみたいに涙が溢れ出してしまったのです。
その映画の監督の新作ですから。そりゃ観に行かねば、です。
「ふつうの子ども」。公式に出ているあらすじをまとめると
主人公は小学4年生の男の子。両親と三人家族で、お腹が空いたらご飯を食べる、いたってふつうの子。気になる女の子が環境問題に高い意識を持ち、大人にも臆せず声を挙げる。そんな彼女に近づこうと頑張るけれど、彼女は別の男の子に惹かれている。そんな三人が始めた“環境問題”が思わぬ方向に転がり出す。
という感じ。『ぼくが生きてる、ふたつの世界』とまったく違う映画です。でもね、なんだろ。やっぱり描かれているのは“日常”で。子どもたちが巻き起こす大騒動。それはある意味“ふつう”じゃない。でもそんな中、いっぱい考えて、上手く説明が出来なくて「イーッ!」ってなるけど、とにかくいっぱい考える、そんな子どもたちは、やっぱり“ふつう”だと思う。大騒動が巻き起こる、“ふつう”の日常が、これまた丁寧に描かれているのです。観終わった後、この『ふつうの子ども』というタイトル、その“ふつう”から、なんかものすごいパワーを感じて、改めて痺れた。いやぁ、観に行ってよかった、素晴らしい映画でした。
改めて考える。私はどんな子どもだっただろう。
とにかく動く事が大好きだった。常に走っていた。幼稚園の頃は、以前もちょっと書きましたが、ブランコの周りの柵の上を奇跡のバランスで落ちずにダッシュしたり。小学校に入ると校庭に置きっぱなしになっていた平均台がありまして。平均台の素材が何かしらの金属だったんですよね。それが長いこと野ざらしになっていてサビまくり、周りの塗装がはげて、めくれあがっていた。その上を休み時間になると待ってましたとばかりに猛ダッシュ。ただその平均台が、ちょっと細目でして。足を踏み外しがち。踏み外すとどうなるかと申しますと、その平均台をまたぐ形で落ちます。高さ的にお股を打つ、とまではいかないですが内腿を、あ、ヤな人は薄目で読んでくださいね。内腿を、ザックリガッツリ擦っちゃいまして。まあまあ出血。痛くてうずくまっていると、友人が二人助けに来てくれて。二人が両側を抱えて、引きずりながら保健室へ。ヨードチンキで消毒されて。最終的には両内腿にガーゼと茶色い油紙をテープではっつけられた。かなり痛かったけど、子ども時代のあの“ケガかっけぇ”的な感覚もありましたから。あの油紙がなんか“かっけぇ”くて、ちょっと嬉しかったりした。まあなかなかの大ごとだったからそこでやめればよかったのに、懲りないにもほどがある。その後、同じケガで5回も保健室へ。3回目くらいの時に、優しい保健の先生も「次やったら、もう手当してあげないからね!」と怒ってくれたのですが、それからも数回やっちゃったわけで。ホントなんでかまったくわからないのですが、あの細い平均台をダッシュ、やめられなかったんですよね。
いやぁ、友だちがいなかったわけではないんですが、平均台ダッシュもそうですが、気づくと結構一人で遊んでいた。小学校の時は休憩時間が15分だったのですがその15分を出来るだけフルに使って、延々と鉄棒でだるま回りをした。だるま回り、わかりますか? 自分の膝を抱え込む形で、勢いをつけて鉄棒をグルグル回る、というもの。私、これも大好きで。授業が終わるチャイムが鳴ると、今使っていた教科書を机の中へ。そして次の授業の道具を机の上へ。これはウチの学校のルール。それと同時にダッシュで校庭へ。私は自分の首くらいの高さの鉄棒が好きだった。空いていたら、いや、だいたい空いてたな。その好きな高さの鉄棒へ乗っかって、正確に言ったら12分くらいでしょうか。最初のはずみだけでノンストップで回り続けた私。またチャイムが鳴れば教室へ戻る。ちゃんとフラフラしながらも、達成感でいっぱいだった。
他にも映画とかの影響をすぐ受けちゃって、『サウンド・オブ・ミュージック』を観た後は校庭のど真ん中で“サウンド・オブ・ミュージック”を熱唱。あ、昔は澄んだ高い声、出たんです。『ローマの休日』を観た後は、アン王女にでもなったかのように、四谷駅の階段を手すりにそっと触れながら、しゃなりしゃなりと降りてみたり、とかね。
ほんの一部ですが、まあこんな子でした。『ふつうの子ども』と同じく、自分なりに考えたり悩んだりしながら、一生懸命生きていたのでしょうね。さ、本日も『ふつうの55歳』の“日常”、スタートです。
【本日の乾杯】酒煎りした銀杏。毎年この時期にいただく。お酒で炒っているからかちょっと甘くてネットリしていて、それでいて銀杏の味がガツンときて。大好きな食べ方。純米をロックでグビリざますよ。