2023年10月末〜11月上旬公開の映画から、映画ライター渥美志保さんがおすすめの3作品をご紹介!
『愛にイナズマ』
削られた熱い思いを、家族とともに取り戻す
映画が描くのは「秘密」を抱えた家族の物語だ。主人公は映画監督を目指す末娘・花子で、業界の卑劣漢に騙され実家に戻った。だが、心は「舐められたまま終わってたまるかよ」と燃えている。そして他人に奪われた企画――幼い頃に家出したきり戻らなかった母親をネタに映画を撮ると決意した彼女は、屈辱を嘘の笑顔でやり過ごしてきた自己嫌悪への反動から、カメラを向けた父と二人の兄に「隠された事実」の告白を強いる。かくて始まるポンコツ一家の激烈な感情のぶつけ合い、特に中盤の長いバトルロイヤルは爆笑に次ぐ爆笑なのだ。
映画には多くの「嘘」が描かれる。それらは本当のところ嘘か真か定かではないが、たとえ嘘であっても悪とも言い切れない。映画はそれを示しつつも、真実と本音によって再生する家族愛と、それを拠り所に自尊心を取り戻してゆく家族たちを描く。物語は当然、熱苦しくて面倒くさく、真っ直ぐでダサい。だが無性に愛おしい。
『愛にイナズマ』
監督・脚本/石井裕也
出演/松岡茉優、窪田正孝、池松壮亮、若葉竜也、佐藤浩市ほか
※10月27日(金)より全国公開
https://ainiinazuma.jp/
『理想郷』
地方移住を巡る戦慄の村社会スリラー
自然豊かなスペイン山岳地帯に移住、古民家の再生とオーガニック野菜の栽培で暮らし始めたアントワーヌ。だが過疎と貧困にあえぐ地域社会、特に対立を煽る隣人の兄弟からの嫌がらせに苦しめられ……。戦慄の村社会スリラーが描く二項対立は、兄弟との争いでアントワーヌもまた獣性を目覚めさせることで、「知性と野生」から「男と女」へと一変する。真の物語は後半、アントワーヌの妻オルガを主人公に始まる。その冷静さ、粘り強さ、しなやかだが決して譲らない強さは、スリラーを感動的なものにしている。
『理想郷』
監督/ロドリゴ・ソロゴイェン
出演/ドゥニ・メノーシェ、マリナ・フォイス、ルイス・サエラほか
※11月3日(金・祝)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネマート新宿ほか全国順次公開
https://unpfilm.com/risokyo/
『ぼくは君たちを憎まないことにした』
世の中は傷ついた人の一面しか見ていない
最愛の妻をテロで突然失った作家アントワーヌ。動転しながらも彼がSNSに投稿した「テロリストを憎まない」という文章は、瞬く間に世界中に広がり……。傷ついた人たちによるSNSの勇気ある投稿が話題になることがあるが、日本で時に気になるのは、それを「売名行為」かのように言う人がいることだ。だが投稿の目的は自分を勇気づけるためかもしれないし、そこから始まるマスコミへの露出も傷から目をそらしたいからかもしれない。人間の心は千差万別に複雑に傷つく。映画はつぶさにそれを見つめる。
『ぼくは君たちを憎まないことにした』
監督/キリアン・リートホーフ
出演/ピエール・ドゥラドンシャン、カメリア・ジョルダナ、ゾーエ・イオリオほか
※11月10日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国公開
https://nikumanai.com/