2023年8月末〜9月公開の映画から、映画ライター渥美志保さんがおすすめを3本セレクトしてご紹介!
『エリザベート 1878』
「美しさ」に呪縛された伝説の皇妃
19世紀後半のオーストリアの皇妃エリザベートは、ふたつの点でよく知られている。ひとつは美への執着。身長172cmで体重は40kg台、ウエストはコルセットで45cm以下に絞っていた。
ふたつめは自由だ。予定外で皇妃になった彼女は、厳格なしきたりの王室に縛られることを嫌い、生涯そこらじゅうを旅していた。どこか時代を間違えて生まれてきたような女性である。
映画は彼女の40歳――体力は落ちるが脂肪は落ちず、翌日まで残る疲れがそのまま目の下に出る年齢――の誕生日から始まる。物語は「美しさ」のみに価値を置いてきた彼女のアイデンティティ・クライシスと、そこからの脱却を、現代を生きるすべての女性の心に響かせる。史実を彼方にかっ飛ばし、煙草をふかし、悪態をつき、中指を立て、他人の犠牲もかまわず自由を目指す、その痛快さ。自分の人生を生きるなら、後ろ指差されることを恐れるなと、映画は教える。
『エリザベート 1878』
監督・脚本/マリー・クロイツァー
出演/ヴィッキー・クリープス、フロリアン・タイヒトマイスター、カタリーナ・ローレンツ、マヌエル・ルバイほか
※8月25日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開
https://transformer.co.jp/m/corsage/
『熊は、いない』
掟に背いた二組のカップル、衝撃の運命
隣国トルコでの撮影をリモートで指示するために、国境近くのイランの村に滞在する映画監督。そんななか、彼が村で撮った写真が原因である騒動が持ち上がり……。
田舎の村社会に翻弄される都会人の話かと思いきや、作品は掟に背いた二組のカップル(撮影中の映画が追う難民の男女と、騒動の中心にいる村の恋人たち)の衝撃の運命を描き出す。理由なき差別、明白な嘘が保つ平和、ありもしない恐怖が煽るヘイトと、わかっているのに変えられない現実。その既視感が底寒い。
『熊は、いない』
監督・脚本・製作/ジャファル・パナヒ
※9月15日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
https://unpfilm.com/nobears/
『ダンサー イン Paris』
躓いた先にあった、恋とダンスと新しい人生
ケガでバレエを踊れなくなり、ブルターニュの宿泊施設で出張料理人の助手として働き始めたエリーズは、合宿でやってきたカンパニーのダンスに魅せられ……。バレエ一筋に生きてきた主人公が、コンテンポラリーの世界に新たな生き方を見出すまでを描く物語は、それでいてどちらの世界も貶めない。
様式と自由、都会と田園、人種にダンスに性的志向に……世界の多様さをコミカルに前向きに描き出すのは、さすがのセドリック・クラピッシュ。ダンスの魅力に思わず筋トレを始めたくなる。
『ダンサー イン Paris』
監督/セドリック・クラピッシュ
出演/マリオン・バルボー、ホフェッシュ・シェクター、ドゥニ・ポダリデスほか
※9月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下、シネ・ルーブル池袋ほか全国順次公開
https://www.dancerinparis.com/