2023年6月公開の映画から、映画ライター渥美志保さんがおすすめを3本セレクトしてご紹介!
『怪物』最も弱き者たちを虐げる“怪物”は誰か?
小さな地方都市で暮らすシングルマザーの早織は、息子・湊の奇妙な行動に気付き、担任教師・保利によるイジメを疑うように。一方の保利は「湊が同級生の星川をいじめていた」と証言。騒ぎ出したマスコミに、ただただ事態の隠ぺいを図るかのような学校側の態度に、早織は苛立ちを募らせるが…。町で起こった不審な火事を発端に、登場人物それぞれの視点から描く物語は、何かを隠すために小さな嘘をつき、自分に都合のいい解釈をし、自分を肯定するための見て見ぬふりをする人間たちを浮き彫りにしてゆく。実のところ世界には「怪物」と呼べるほどの大きな悪は存在せず、最も弱いものを押しつぶしてゆくのは、そうした無意識かつ凡庸な悪の積み重ねなのだと、映画は教える。
『カルテット』などで知られる人気脚本家・坂元裕二の脚本により、これまである意味ではクラシックだった是枝作品が、一気に2020年代に追いついたような印象だ。この3月に亡くなった坂本龍一の音楽も心に残る。
『怪物』
監督・編集/是枝裕和
脚本/坂元裕二
出演/安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、田中裕子ほか
※6月2日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
https://gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』議論によって生まれるシスターフッド
目覚めると身体中が傷だらけで時に血も流れている。小さな宗教コミュニティで暮らす女性たちに共通する経験――「悪魔付き」などと説明されてきたそれは、男たちによる麻酔薬を使ったレイプだった。捕えられた犯人たちが保釈され町に戻るまでの2日間で、女性たちは今後について議論する。何もしないのか、戦うのか、共同体を去るべきか。差別と社会をめぐる議論は、今を生きる女性たちの言葉そのものだ。地方から、国から若い女性が流出する日本で、互いの苦しみを共有したどり着く連帯には共感しかない。
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』
監督・脚本/サラ・ポーリー
出演/ルーニー・マーラ、クレア・フォイ、ジェシー・バックリーほか
※6月2日よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイントほか全国公開
https://womentalking-movie.jp/#modal
『青いカフタンの仕立て屋』伝統の中で、自分を失わずに生きるには
モロッコの路地裏で仕立て屋を営む夫婦ハリムとミナの元に現れた、若い職人見習いユーセフ。ミナは男たちの間に漂う空気に警戒するが、自身の病と死期を悟りある決断をする。一方でイスラム社会の禁忌である同性愛者ハリムは、他方では手刺繍のカフタンの伝統を守る職人でもある。映画はうっとりするほどのカフタンの美しさと絶滅の危機を伝えながら、同時に伝統のなかで人々が個人として生きる方法を模索する。禁じられた恋以上に心に響くのは、互いの幸せを願う3人の親愛だ。答えはきっとそこにある。
『青いカフタンの仕立て屋』
監督・脚本/マリヤム・トゥザニ
出演/ルブナ・アザバル、サーレフ・バクリ、アイユーブ・ミシウィほか
※6月16日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
https://longride.jp/bluecaftan/index.html