2019年&2020年と2年連続でアメリカで最も売れ、日本でも2021年本屋大賞翻訳小説部門第1位に輝いたミステリー小説「ザリガニの鳴くところ」が映画化。映画ライター渥美志保さんが語る、その見どころとは。
自然の中で生き抜くことの力強さを感じて
1960年代、ノースカロライナの湿地帯。主人公は幼いころ家族に捨てられ、湿地帯で手に入れたものを売りながら生きている少女カイアです。いつもぼろぼろの服を着て学校にも通っていない彼女を、周囲は「湿地の少女」と呼んで蔑みます。唯一の友人は、幼いころから湿地で遊んでいた兄の友達のテイト。彼はカイアに文字の読み書きを教え、やがてふたりは恋を育んでゆきます。テイトは大学進学を決め、カイアは彼とともにこの場所を出ることを夢見るようになりますが、結局のところテイトは親の反対に押し切られ、カイアを捨てて去ってゆきます。
カイアは湿地帯でひとり生きる女性として、成長してゆきます。
さて物語はそんな中、湿地帯である男性の死体が発見されたところから動いてゆきます。死体の主は、町の名士の息子であるチェイス。派手で遊び好きの典型的な金持ちボンボンだった彼は、何を思ったかカイアに興味を持っていた様子で、住人たちは「湿地の少女」に疑いの目を向け始めます。物語はこの事件の真相を追いながら、湿地帯で力強く生きてきたカイアの人生を描いてゆきます。
待つのは衝撃の結末!自然に抱かれて育った女性の人生とは
映画の見どころはふたつあるのですが、そのどちらもが「湿地」と深く関係しています。ひとつは「事件の裏に何があったのか」というサスペンス。映画にはカイアのふたつの恋が描かれているのですが、そこには差別が色濃く影を落としています。テイトはカイアのことを本当に愛しながらも、「湿地の少女」を蔑む周囲の偏見に負け、彼女を捨てて去ってゆきます。一方、どこか歪んだチェイスにとってのカイアは「人とはちょっと変わったおもちゃ」のようなもので、やがれそれは執着と支配に代わってゆきます。カイアがそうした状況を毅然と乗り越えてゆくのは、「人は去ってゆく」という事実こそが彼女の人生だったからかもしれません。そしてたとえ人が去っていっても、彼女には「湿地」があったから。
そして、映画最大の見どころは、彼女の一部ともいえる湿地の大自然の「すごさ」です。普通なら「素晴らしさ」って言いたくなるところですが――もちろん素晴らしいといいたくなる場面もたくさんあります。特にともに湿地を愛していたテイトとの秘密のデートの場面や、飛び立つ鳥の群れや刻々と色を変える空の色、さらに彼女が描く湿地の生き物たちの美しさは格別。でも真にワイルドな自然には生命のやり取りがつきものです。そこには人間の甘ったるい感傷がつけ入るすきもありません。まさにそうした湿地の理によってサバイバルしてきたことが、カイアの強さであり魅力でもあります。
映画が描くのは、女性が成長するうえで獲得したい強さのようにも思えます。カイアがたったひとりで生き抜いたその人生を、女性たちはどうみるでしょうか。
『ザリガニの鳴くところ』
監督/オリヴィア・ニューマン
出演/デイジー・エドガー=ジョーンズ、テイラー・ジョン・スミス、ハリス・ディキンソンほか
https://www.zarigani-movie.jp/
11月18日(金)全国ロードショー