映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『帰らない日曜日』をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
失われゆくものと、生まれるものの狭間で
1920年代のイギリス。休暇をもらった日曜日、ニヴン家に仕えるメイドのジェーンは、貴族シェリンガム家の跡取り息子ポールと会うために、「今日は誰もいない」という屋敷へ向かいます。身分違いの二人は、ここ数年にわたり秘密の関係を続けてきたのですが、ポールはボブデイ家の一人娘エマとの結婚が決まっています。この日はそれを祝う昼食会があり、盟友であるその3貴族が集まることになっているのですが、どこか気が進まないポールは「遅刻してもいい」といいながら、ジェーンと会話を楽しみます。
映画はこの二人の逢引の様子を、後にそれを小説として書き始めるジェーンと並行して描いてゆきます。「メイド時代」は1920年代で、「作家時代」は1940~50年代以降なのですが、「え?」と思うほど時代のビジュアルが全然違います。「メイド時代」の舞台は貴族のお屋敷で、登場する人たちはみんなクラシックないでたち、男性はツイードのジャケットに乗馬ブーツ、女性は色鮮やかなドレスにつばの大きい装飾的なキャペリンハット、みんな長い髪をまとめていて、メイドのジェーンが前髪を止めるのも品のいいレースだったり。でも1940年代になると、ショートボブにしたジェーンは時にパンツスタイルで、今の時代とさほど変わりません。つまりこの時代に価値観が激変したってこと。その唯一最大の理由が戦争です。
1920年代に終わった第一次世界大戦では、イギリスは戦勝国なのですが、だからといって被害がなかったわけではなく、いわゆる若い世代、働き盛りの世代の男性が多く亡くなっています。映画の3貴族も例外ではなく、ニヴン家では二人の息子を両方とも亡くし、シェリンガム家は3兄弟のうち末っ子のポールだけが生き残りました。そしてボブデイ家には「跡継ぎ男子」が最初からおらず、一人娘のエマはポールの兄と結婚するはずでした。
そもそもこの時代の英国貴族たちは、所有する広大な土地にかかる税金をねん出するのに汲々としていたわけですが、その中で受け継いだ血筋と財産を守るための「跡継ぎ」(引き継げるのは男子のみ)までも失い、古い形の貴族社会が壊れていったわけです。
そうやって失われゆく貴族文化の美しさ、陰影を作る室内、ひっそりと枯れ堕ちる花、誰にもページをめくられず本棚に収まる革装丁の本など、没落の風情を切り取り、映画はこの上なく美しいものになっています。ポールとの逢引、さらに彼が昼食会に行った後の屋敷を探検しながら言葉を紡いでゆくジェーンは、その後彼女が作家になる運命であることを感じさせます。
喪失感が充満する映画の中で、際立つのはそんなジェーンの生命力です。ニヴン家の奥様が「あなたは幸運ね、生まれながらに何も持っていないから」という言葉が強く心に残ります。恵まれた金持ちが何言ってんだよ、と思わないではないけれど、喪失感を糧に何かを獲得してゆく、転んでもただでは起きないジェーンの強さは、現代という女性の時代がようやくはじまったんだなと、私にはすごく眩しく映りました。
『帰らない日曜日』
監督/エヴァ・ユッソン
出演/オデッサ・ヤング、ジョシュ・オコナー、コリン・ファース ほか
https://movies.shochiku.co.jp/sunday/
(c)CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE AND NUMBER 9 FILMS SUNDAY LIMITED 2021
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