幼い息子・朝斗を育てる佐都子の元に、かかってきた一本の奇妙な電話。「私が産んだ子供を返して」と語るその声の主は、朝斗の実母・ひかりを名乗る。佐都子はそのひかりから、産まれたばかりの朝斗を手渡され、養子縁組して育ててきたのだ。だがいざ目の前に現れた女性は、当時会ったひかりとは似ても似つかない。
特別養子縁組で結ばれた実母・ひかりと養母・佐都子が、母になる前と母になった後を描く、ある種のサスペンスをはらみながら進むこの作品の見どころを、映画ライター渥美志保さんにたっぷりと語っていただきました!(編集部)
血のつながらない家族が問いかけるもの
何不自由ない暮らしのなか、幼稚園に通う幼い息子・朝斗を育てる主婦・佐都子のもとに、ある日一本の電話がかかってきます。「私が産んだ子供を返して。ムリならばお金を」と語るその声の主は、養子である朝斗の実母・ひかりを名乗り、やがて佐都子の家に現れます。
佐都子と夫・清和の夫婦は、不調に終わった不妊治療の末に「特別養子縁組」という制度で、産まれたばかりの朝斗を養子に迎えたのですが、その際に当時14歳の中学生だった実母・ひかりと対面しています。でも目の前に現れたひかりは、その時にあった母親とは似ても似つかない女性でした。
映画は「朝斗」の縁で結ばれた2人の女性——佐都子とひかりが母になる前と、母になった後を描いてゆきます。2人はそれぞれに葛藤を抱えているのですが、よりいたいたしく心に残るのはひかりのそれです。
セックスに関する知識もまるでないまま、いかにも幼い恋心と好奇心の延長のような形で妊娠したひかりに対し、家族たちは「傷物」かのように叱りつけ、彼女の言い分も希望も聞かずに里子に出すことを決めてしまいます。密かに出産した彼女は、まるで何事もなかったかのように続く日常と、戻りようがないほど変わった自分との間を埋められず、孤独を深め、転落してゆきます。
「特別養子縁組」という聞き慣れない制度を通じて、映画は家族、特に母子関係における「血のつながり」について問いかけます。佐都子は「血のつながり」のなさゆえに、朝斗を叱りつけることができず、もしかしたら信じ切ることもできていないのかもしれません。その一方で、ひかりの家族の無遠慮さや無神経さは、「血のつながり」があるがゆえの甘えのようにも思えます。
とはいうものの、朝斗の「本当の母親は誰か?」と問われれば、「子供を産んだ」という事実のみでひかりといい切れるでしょうか? 例えば朝斗に「どちらが母親?」と聞いたとしたら、答えは佐都子でしょうか、ひかりでしょうか。
映画は、母になれなかったひかりと、朝斗と家族になろうとする佐都子、その出会いを通じて、多様化する「家族」のあり方を問いかけます。
『朝が来る』
監督・脚本・撮影/河瀨直美
出演/永作博美、井浦新、蒔田彩珠、浅田美代子ほか 全国公開中
http://asagakuru-movie.jp/
(c)2020「朝が来る」Film Partnersed.