令和の清少納言を目指すべく、独り言のようなエッセイを脚本家・生方美久さんがお届け。生方さんが紡ぐ文章のあたたかさに酔いしれて。【脚本家・生方美久のぽかぽかひとりごと】
未経験の誇りと驕り

温水洗浄便座なるものがある。トイレの話がしたいわけではない。
最近、引っ越しをした。上京して三度目の引っ越し。自分史上最短。1年9ヵ月しか暮らさなかった。前の部屋へ越したときのことはエッセイにも書いたが、とってもワックワクだった。お気に入りの大満足なお部屋で、もうずーーーーーっとここに住んじゃお☆って感じだった。なのに、更新を待たずして引っ越し。ちなみに今回のお部屋もとても気に入っている。住めばどこでもマジ都。
みなさんご存じの通り、引っ越しのワクワクピークはSUUMOで間取りを見ている時間です。それ以降はめんどくさいことが延々と続き、荷解きがある程度済んだ引っ越し後一週間くらいに達成感と新生活スタートによりワクワクピークが戻ってきます。今です。さっきアート引越センターのお兄さんが空いたダンボールを回収していってくれました。毎度ありがとうございます! 部屋が整っていくのたのしい!
最初のワクワクピークであるSUUMOを凝視する時間。このとき何度も何度も目にしました。温水洗浄便座という文字を。わたしはこの漢字6文字を一切気にしたことがありません。冬の便座が冷たいのはイヤだけど、自宅のトイレなら便座カバー付けちゃえばいいし。トイレの「流す」と「流水音」以外のボタン押したことないし。
そんなわけで、引っ越し後に新居のトイレも温水洗浄便座とやらだと気付きました。とりあえず掃除。トイレも掃除。全部拭く。ボタンが並んでいるところを拭いていたら「おしり」と「ビデ」がお馴染みのマークと共にありました。ふと思ってしまった。
…………え、同じじゃん。
わたしは「おしり」も「ビデ」も使ったことがない。家でも学校でも進研ゼミでも教えてもらっていないからだ。未経験のため、「おしり」も「ビデ」もあのマークゆえに「おしりに水をかけるやつ」という認識でいた。しかし、よくよく見ると「おしり」と「ビデ」は別のボタン。「おしり」にはお尻に水がかかっているアップの絵、「ビデ」にはお尻に水がかかっている引きの絵が描かれているのである。同じじゃん。日頃から「おしり」を使うという男性に違いを聞いたところ、
「違いはわかんないけど、ビデは女の人が使うやつでしょ?」
女の人なのに知らなかった。ググった。わたしはAIを使わない。Googleで検索をする。AIにだらだらと話しかけるのではなく、より的確な答えを導き出すための検索ワードの組み合わせを考えるほうが言語能力の発達に役立ちそうだからだ。根拠は知らない。
Googleがいうには、「おしり」はうんちのあとのお尻を、「ビデ」は生理のときのデリケートゾーンを水で洗うものらしい。知らなかった。うんちするしデリケートゾーンあるのに知らなかった。お尻に水がかかっている引きの絵をよく見てみると、襟足っぽいのが描かれていた。女性という表現らしい。
長らく生きてみたり、一人暮らしをしてみたり、転職したりしていても、まだまだ知らないことがたくさんある。そしてその知らないことは、大抵未経験ゆえに知る機会を得なかったことだ。
人に驚かれる未経験がいくつかある。エッセイで話したこともあるのは【海外旅行】。一度も日本を出たことがない。パスポートを作ったことがない。この話になると「有楽町いきな~」と言われるので、有楽町のどこかでパスポートが作れるという知識だけ持っていた。
先日、有楽町の本屋さんをウロウロしていたらトイレに行きたくなり(本屋さんってトイレに行きたくなりますよね。Googleによるとインクが原因らしいですよ)、トイレ~トイレ~とさらにウロウロしていたらパスポートが作れるっぽいところに辿り着いた。絶望的に方向音痴なので、不意に辿り着いたことに妙に感動した。トイレには間に合った。またトイレの話をしてしまった。
意外だと言われる未経験第一位は【ウーバーイーツ】。ウーバーイーツを使ったことがない。誰かがウーバーイーツで頼んでくれたものを食べたことはあるが、自分で注文?呼び出し?したことがない。家に何かしら食べ物はあるし、歩いてコンビニに行けばいいと思ってしまう。おそらくこれは食への興味関心が薄いからだと思う。あと、知らない人がどう受け取ってどう運んだかわからないものにちょっとだけ抵抗がある。そんでもって「わたしが食べるものをわざわざ人に運ばせるなんて申し訳ない」と思ってしまう。
未経験たち、羅列していきます。
【LUUP】
あのキックボードみたいな形したターコイズブルーのやつ。あれは一生乗らないと思う。車の運転をしているとあの乗り物の存在が怖くて仕方ないのである。共感してくれた友人が「あれ乗ってる人、みんな姿勢が良いのがむかつく」と言っていた。わたしは言っていませんよ。友人が言っていただけです。姿勢が良くてむかつくって。友人の個人的見解です。
【MD】
世代の問題ではない。1993年生まれなので通っている子はたくさんいた。わたしはカセットテープを長らく使っていて、そのままSonyのウォークマンに移行したのでMDに触れない平成を過ごしてしまった。ちょっと惜しいことをした気がしている。
【MacのPC】
見た目がやっぱりスタイリッシュですよね。でも使ったことない。ヤマ電に行ったとき手に持ってみたら重かったから。富士通さん(の軽ーいやつ)にお世話になってます。これからもよろしくお願いします。
【ピアス】
そういえば開けたことない。なんでだろ。開けたい。
【マッチングアプリ】
使っている人の話を聞くのはすごくすき。
【AI】
Googleで検索する。会話みたいなのしたくない。生身の人間としゃべりたい。
【紐パンツ】
トイレが難しそう。
やったことないんだよね~を語るとき、人はどこか誇らしそうだったりする。なんでしょうあれは。みんながやってることをやってない自分にどこか酔っているのかもしれない。大学生のときの「いかに寝ていないか」を誇るムーブと近い何かを感じる。
人生が終わるとき、きっと未経験のことがたくさんあるだろうけど、人生真っ最中の今、あれもこれもしたことない!と思えるのはたのしい。未経験ということは、これからたくさんの初体験があるかもしれないということ。
語源を調べるのがすきです。「ビデ」当然気になります。Googleで調べました。フランス語でポニーの意味らしいです。シュールな絵画が出てきますので、レッツGoogle。知らないことばっかりなのは、やっぱりおもしろい。
生方美久(うぶかたみく)
1993年、群馬県出身。大学卒業後、医療機関で助産師、看護師として働きながら、2018年春ごろから独学で脚本を執筆。’23年10月期の連続ドラマ「いちばんすきな花」、’24年7月期の連続ドラマ「海のはじまり」全話脚本を担当。そして’26年7月からTBS金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』がスタート。

