伝えたい想いがあるとき、人は手紙を書きたくなる。女優の山口乃々華さんが、“あのひと”に向けて今の気持ちをしたためる連載。今回は、駅で見かけたは働く女性への手紙。【連載「〒ののポスト」】
靴ずれしていたお姉さんへ

帰宅ラッシュで大混雑のなか、改札へ向かう私の前を歩くお姉さん。綺麗にまとめられた髪にスーツ姿で、革の鞄を肩にかけた細身の女性。黒い低めのヒールのパンプスをコツコツ鳴らす。凛としていて、その姿はかっこいいけれど、足はどことなく重そう。きっとたくさん歩いたのだろうなと思いながら、足元をよく見るとアキレス腱の付着部に靴擦れが…。あぁなんて痛そうな傷。だから足が重そうに見えたのか。
なんだかストレスから逃れられない鎖みたいだ、と私は思った。
今年の私は世界線を移動しまくる演劇作品に多く出合った。
たとえば『愛と正義』という音楽劇では、ある瞬間から人と人の間にある世界線が微妙にずれていき、こちらでは仲良し、こちらでは喧嘩。のようなすれ違いにプラスして、世の中の様々な立場から見る善悪の違いが引き起こす、正義とはなんだろうかと問いかけてくる話だった。
それから、『NINE TEEEEN GRRRL'S 99』という舞台では、友人の死をきっかけに、過去へと戻り、友人を死から助けようと、やり直しの世界線でもう一度生きる人と、やり直さずに生きた世界が入り混じる…そんな音楽劇。
そして私が今取り組んでいるミュージカル『ピーター・パン』もある意味、そうと捉えられる。(そんなことないかも。いや、どうだろう。ネバーランドという場所はある意味…うーんまぁいいや)
だからふと、思った。
あのお姉さんが、あのパンプスを履かなくてもいい、例えばスニーカー通勤が許されていたり、もしくは車を持っていて車通勤だったり、はたまた思い切って全然違う職業だったら…。と考えたところで私はあのお姉さんの顔も知らず、後ろ姿しか見ていないただの通りすがりで、今の職業だってなにも知らないことに気がついて、そこで想像をやめた。
なんにしても、頑張る人って美しいなぁと私は思う。
「頑張ることができる人はどんな場所でも頑張れる」――誰かが言ってたし、私もいつか誰かに言った言葉かもしれない。
あのお姉さんはきっと頑張れる人なのだと思う。気がつけばどんどん先を歩いていくお姉さんの姿から、今の仕事に燃えているのだろうなと思った。今夜のようにたとえクタクタになっても、翌朝にはまたすっきりと目覚めていそうなタフさも感じた。
でも頑張るって、誰かにしかできない特別なことじゃない。「みんな頑張って生きてるんだよ!」って、以前に親友から言われたことがある。
ほんと、そうだよね。みんな頑張って生きてるんだ。"頑張れる人" "頑張れない人"なんていなくて、みんな頑張って生きてるんだよね。私ももっともっと頑張ろう。どっかに傷があったってなんだって、一生懸命今ある仕事に向き合いたい。
あのお姉さんの靴擦れ、治ってるといいな。
力強いその姿に勇気をもらいました。
幸せな日々があなたを守りますように。
山口乃々華より
山口乃々華(やまぐちののか)
3月8日生まれ、埼玉県出身。2020年末まで E-girlsとしての活動を経て、2021年から女優として本格的に活動を開始。 映画『イタズラなKiss THE MOVIE』シリーズ、ドラマ・映画『HiGH & LOW』シリーズやHulu版『崖っぷちホテル!』などに出演、『私がモテてどうすんだ』ではヒロイン役を務めた。2022年には『SERI〜ひとつのいのち』でミュージカル初主演を務め、以降「SPY×FAMILY」、a new musical『ヴァグラント』、『ラフへスト~残されたもの』などミュージカルを中心に出演。また、舞台『「呪術廻戦」-京都姉妹校交流会・起首雷同-』では、釘崎野薔薇役を務めるなど活動の幅を広げており、今後の出演作として、7月28日よりミュージカル『ピーター・パン』東京公演、そして9月20日ウェスタ川越でのプレビュー公演を皮切りにミュージカル『SPY×FAMILY』の全国ツアーなど、今後も舞台での活躍が期待される。
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