伝えたい想いがあるとき、人は手紙を書きたくなる。女優の山口乃々華さんが、“あのひと”に向けて今の気持ちをしたためる連載。今回は、名作映画の主人公に宛てた手紙。【連載「〒ののポスト」】
メリー ポピンズ様へ
あなたの映画を初めて観たときから大好きです、メリー ポピンズ様。うちはマンションだから煙突がないので、この手紙は届かないかもしれませんが、現代の煙突ともいえるネットワークを使ってお届けさせてください。
幼い頃(4歳くらいから何度も)観てきた映画『メリー・ポピンズ』。あなたは、私たちを未知の世界へぐんぐんと連れ込んでくれる楽しいお姉さん、という印象。けれど、どこか掴めない表情だったり、私生活にも謎があって、あなたの存在は親近感を持てるような持てないような、子供ながらあなたの印象が定まらなくて、なんだかよくわかんない!と、思っていました。
しかしあの頃にみせてもらった魔法の数々…アニメーションでなく、実写で観るのがまた衝撃的で。特に、バート(明るい性格の何でも屋の男)が描いた絵の中にみんなで飛び込む、あの瞬間! 私にもできるんじゃないかと庭にチョークで絵を描いては飛んでみたりしていました。きっとどの子どもも試したはず(笑)。
大人になった今も、時々映画を見返します。あらためて観ているうちに「メリー ポピンズ」という人が「謎めいた魔法使いのお姉さん」というよりも、「家庭教師」という誇りある職業をもった大人の女性という印象に変わりました。日常を愉快にするためにちょっと魔法も使っちゃうわね!という感じ。物語は家庭教師探しから始まっているんだから、当たり前なのに、子供の頃の私は、空から降ってきたお姉さんが魔法使える、という情報だけで頭のなかの容量はいっぱいだったようです。
それにしても、家庭教師という立場があるから厳しいことを言うし、バートのことが好きだから少し羽目を外してしまうのだろうお茶目さにキュンさせるし、寂しくなるのが分かっているから、さよならは言わない切なさ。——幼い頃は、あなたのことを冷たい人間だと思った瞬間もあったけれど、大人になってから観てみると全然違うように感じました。
その眼差しにはいつも子供達への愛がありました。それと、なによりも感動したのは、あの頑固なお父さんの性格までも変えてしまった、あの瞬間! 大人になってから観たときに一番心に響いたシーンでした。お父さんが、早口言葉を言ったり、ワハハー!と笑っている姿にいろんな想いが溢れて泣けてくるほど。
家族を守ろうとするお父さんがどんどん怖く厳しくなってしまうことや、いつのまにか子供と目を合わせたり、一緒に遊ぶこともなくなり、つまらない大人になってしまうのも、大人になった今はちょっとわかるからなのかもしれません。
きっとまた歳を重ねれば違う見え方があるのでしょう。楽しみです。いつまでも私たちの家庭教師でいてください。あなたの偉大さに永遠に憧れています。
大好きです。
山口乃々華より
山口乃々華(やまぐちののか)
3月8日生まれ、埼玉県出身。2020年末まで E-girlsとしての活動を経て、2021年から女優として本格的に活動を開始。 映画『イタズラなKiss THE MOVIE』シリーズ、ドラマ・映画「HiGH & LOW」シリーズやHulu版「崖っぷちホテル!」などに出演、『私がモテてどうすんだ』ではヒロイン役を務めた。近年ではミュージカルにも活動の幅を広げ、2022年には「SERI〜ひとつのいのち」でミュージカル初主演を務め、2023年は「SPY×FAMILY」ではフィオナ・フロスト役、a new musical「ヴァグラント」ではヒロイン(W)役を好演。2023年末から2024年1月の舞台「呪術廻戦」-京都姉妹校交流会・起首雷同-では、釘崎野薔薇役を務めた。7月はミュージカル「ラフヘスト~残されたもの」、9月は音楽朗読劇「手紙」の出演を果たした。
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