伝えたい想いがあるとき、人は手紙を書きたくなる。女優の山口乃々華さんが、“あのひと”に向けて今の気持ちをしたためる連載。今回は、ワケありな黒猫ちゃん…宛て!【連載「〒ののポスト」】
策士な黒猫ちゃんへ
あなたは、女友だちが預かっていた猫ちゃん。私が遊びに行ったら、リビングから顔をちょこっと顔を覗かせて、ささっと隠れてしまいました。「恥ずかしがり屋さんなのかな?」と私は思って、でもそんな距離の取り方も可愛くて、少しでも仲良くなれるといいな、とウキウキしていました。
しかし、あなたはどうやら他の猫ちゃんよりも、賢く、多くの技術を持った珍しい猫ちゃんだったようですね。私の家の猫はオスだからなのか、あなたのような行動をとっているのを見たことがなく、興味深く観察してしまいました。
その友人宅に大人数で集まったとき、男の子が何人かいたことがありましたね。そのときのあなたは、これまで私たちに見せていた姿とまるで違う猫になったかのようでした。身体をくねらせながら、ある男の子に擦り寄っていったかと思えば、すぐに別の男の子へ。その小さな顎をちょこんと彼の腕に乗せたら、また違う男の子を上目遣いで見つめてみたり。私は「この猫ちゃんは一体…」と一歩引いたところから、あなたのことをじっくり見ていました。
ひととおり甘えて回ったあと、いちばんに気に入ったであろう男の子(わかりやすくA君とさせてもらう)には急に少しツンとしてみせるのですね。擦り寄ってはいくけれど、今度は撫でさせはしない。一見嫌っているように見える行動。しかし、そのA君が席を立つたびにタタタっと走って後ろを着いていき、どこ行くの?と言わんばかりに追いかけていく。もちろん、他の男の子にはしません。「もしかして、これはツンデレをしているのか?」と、ここで私は計画的ツンであったことに気が付くのです。
しかしあなたが最も私を驚かせたのは、A君だけでなく男の子たち全員から興味を引こうと、とても忙しそうにしていたこと。あなたはあちこちで腹を見せたり、擦り寄ってみたり、膝の上に乗ってみたり、か細く鳴いてみたり…という可愛さ満点の行動をとっていました。それは気まぐれな猫ちゃんの本能なのでしょうか。男の子をメロメロにさせてモテるテクニック、その完璧さに私は感心してしまいました。
女子たちは、「この、あざとい猫め~」と笑っていましたが、たとえばこれが人間の行動だったら…嫌われちゃうよなぁ。あなたの飼い主さんは男性らしいけれど、こんなあなたを見たら嫉妬するのでしょうか? それともうちの猫は可愛いからなぁって、同じくからめ取られているのかな。もしくは猫ちゃんというのは、そんな策士的な行動をとることが当たり前だ、なんてご主人は思っているのかも。
私もこんなふうに可愛くアピールできたら、と思って考えてみたけれど、誰かれかまわずに甘えまくるなんて、そんなことはしたくないし、できません。私は、好きな人だけに好かれたい。好きな人の関心を引く方法はいろいろあると思うけれど、あなたのように策士になってまでモテたいとは思わない。
もし、あなたが猫ではなく人間だったら、本当は自分に自信がなくて、かわい子ぶった行動をしないと人から関心を得られないと思っているのかも。だから見え透いた行動を取って、でもそれに引っかかってしまう人の気持ちを持て遊んだりするのでしょうか。
私は、たったひとりの好きな人と、私のままで偽りなく関係を築いていきたいな。そうするための努力というのは、自分を見失わないようにすることなのかなと思う。
――なんて、たまたま遭遇した猫ちゃんの八方美人ぶりを見て、そんなことに気付かせてもらいました。もう飼い主さんのところに戻ったと聞いたから、会うこともないかもしれないけれど、黒猫ちゃん、どうぞお元気で。
山口乃々華
山口乃々華(やまぐちののか)
3月8日生まれ、埼玉県出身。2020年末まで E-girlsとしての活動を経て、2021年から女優として本格的に活動を開始。 映画『イタズラなKiss THE MOVIE』シリーズ、ドラマ・映画「HiGH & LOW」シリーズやHulu版「崖っぷちホテル!」などに出演、『私がモテてどうすんだ』ではヒロイン役を務めた。近年ではミュージカルにも活動の幅を広げ、2022年には「SERI〜ひとつのいのち」でミュージカル初主演を務め、2023年は「SPY×FAMILY」ではフィオナ・フロスト役、a new musical「ヴァグラント」ではヒロイン(W)役を好演。2023年末から2024年1月の舞台「呪術廻戦」-京都姉妹校交流会・起首雷同-では、釘崎野薔薇役を務めた。5月9日より舞台「ドレミの歌」東京・愛知公演に出演予定。
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