伝えたい想いがあるとき、人は手紙を書きたくなる。女優の山口乃々華さんが、“あのひと”に向けて今の気持ちをしたためる連載。今回の手紙の宛て先は…。【連載「〒ののポスト」】
たまごスープへ
私、あなたを頭に思い浮かべるととてもしあわせな気持ちになります。いや、逆かもしれません。“しあわせ”という感覚をこの世にあるもので表そうとすると私にとってたまごスープ、あなたがぴったりなのです。
やわらかな黄色いふわふわたまごがぷかぷかと、うっすら透けた鶏ガラのスープに浮かんでいる様子。それはそれは想像するだけで、ホッと安心感に包まれて、気が付けば眠ってしまいそうなほどです。
しかし、なぜたまごスープ?とあなたはお思いでしょう。あなたはどちらかというと控えめな存在ですものね。私はその存在感も気に入っているのですけれど。 もちろん他のものに触れているときに似たような気持ちになったこともありました。例えば、まぶしすぎる太陽がカーテン越しに部屋を明るく満たしてくれているときや、爽やかな風が部屋中に舞い込むときもそうなのです。同じようにしあわせだなと思うのです。
でも、他のものだと違うなぁ。なんだか全体的すぎる。こう、手に取れるような、何か、何か、もっとぴったりな感覚があるはずだ、と考えていたのです。そこであなたです。 それにしても、なぜそんな突然、しあわせについて考えていたか、といいますと、あっという間に崩れていく日常が恐ろしかったからです。そんな理不尽さが隣り合わせの世界だということはもう知っていたはずなのに、心の準備が整っているタイミングなんてない。朝が来て夜が明けることを置いてけぼりの気持ちで過ごし続ける状況というのは、やっぱり怖くてたまらない。怖いという感情に飲み込まれていくこともまた、怖いと思ってしまったのです。
平穏が続くことを願う私たちは、この地球にとって小さな小さな存在なのだと日々思い知らされます。人の生活は、いろんな状況や環境や感情と闘っている。 強いものだと思います。 そんな言葉でまとめてしまうのは、あんたごときがなにを偉そうに!と私とあなたとのお手紙なのに、これを読んだ他の誰かが思うかもしれないけれど…。 25年間生きてみて、ちょっとだけ大人になったり、いろんな人と接してみて思ったことです。
この暮らしのなかで関わった物事とできるだけの愛で接して、しあわせだと想える日々があること。
それを大切だと思えていれば、思い出は辛さだけでなく、いつか何かの支えになると信じていたいのです。そしてそんな日々はきっと誰もが失いたくないそれぞれの人生の宝なのだと思います。時に、大切すぎて痛みに変わるときも、うまく受け取れないとしても。
寂しい夜や暗い朝に、誰もがそうできる状況ではないけれど、私にとってはたまごスープが満たしてくれる時間がありました。 しあわせな時間があった思い出やそんな気持ちを想うことで、これからも心を温めてくれることを願います。
山口乃々華
山口乃々華(やまぐちののか)
3月8日生まれ、埼玉県出身。2020年末まで E-girlsとしての活動を経て、2021年から女優として本格的に活動を開始。 映画『イタズラなKiss THE MOVIE』シリーズ、ドラマ・映画「HiGH & LOW」シリーズやHulu版「崖っぷちホテル!」などに出演、『私がモテてどうすんだ』ではヒロイン役を務めた。近年ではミュージカルにも活動の幅を広げ、2022年には「SERI〜ひとつのいのち」でミュージカル初主演を務め、2023年は「SPY×FAMILY」ではフィオナ・フロスト役、a new musical「ヴァグラント」ではヒロイン(W)役を好演。2023年末から2024年1月の舞台「呪術廻戦」-京都姉妹校交流会・起首雷同-では、釘崎野薔薇役を務めた。12月27日に配信された華の最新シングル「you」(POPCORN RECORDS)のミュージックビデオにも出演している。
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