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TIMELESSPERSON

2023.10.05

脚本家・生方美久×川口春奈で送る“うつくしきもの”ショートストーリー〈後編〉

脚本家・生方美久さんが紡ぎ出す、うつくしきもの。ショートストーリー「左利きの彼女」。大学進学をきっかけに離れた2人の行方は?ーー前編はこちらから。

「左利きの彼女」〈後編〉written by 生方美久

左利きの彼女後編

数年前の年末。帰省し、スーパーで母のおつかいをしていたら、彼女もおばさんのおつかいをしていた。
「おっ!」「……お〜!」という相変わらずの雑な挨拶。
「変わんないなー。変わんないなぁ〜」とわざわざ2回言わせてしまうほど変わらないぼくと、「変わったね」と言うのは気が引けるほど、キレイになってしまっていた彼女。

「あのラーメン屋、来月閉店するんだって」通い詰めた店の閉店を利用し、ラーメンに誘った。
「行かなきゃじゃん」通い詰めた店の閉店に歓喜するのは、人生でたぶんこのときだけ。
相変わらずの左手だった。箸は見事にクロスしながらも、物理法則を無視してしっかりと麺を捉えている。
「……変わんないね」とやっと口にできたが、「ね! 変わんないね!」と、変わらぬスープの味にうなっていた。

それぞれひとり暮らしをしている都内のアパートが同じ沿線だとわかり、年が明けてからも、またあの頃みたいにふたりでご飯を食べるようになった。
空かないときで1週間、空くときでも3ヵ月に1回はなんとなく会っていた。

左利きの彼女後編02

カーディガン¥28,600/リット(ショールーム セッション)中に着たニットトップス¥39,600/エクストリーム カシミア フォー ロンハーマン(ロンハーマン) デニムパンツ ¥194,700/ヤコブ コーエン(ヤコブ コーエン 東京ミッ ドタウン店) イヤリング¥25,300/ミスティ(ミスティ コレクション) リング¥49,500、ブレスレット¥73,700/ともにサラース(サラース カスタマーサポート)

急に変わったわけではなかった。じわじわと、でも確実に。

「もうちょっと明るくしたかったのに、モデルさんの色と全然違うんだよ」といじるその髪の色は彼女にしては十分に明るかったし、「思ったより全然痛くないんだよ、一瞬なの」と耳たぶに2ヵ所も穴を開けていた。
「これはね、全然軽いから。安いヤツだから」と首に金属のチェーンを付けて、耳のそれも、首のそれも、誰かにもらったものだった。
「そういうの好きだっけ?」と聞いたら、「こういうのが好きなんだって」と、聞いていない人の情報を聞かされた。

左利きの彼女後編05

色が塗られた上に、キラキラしたビーズみたいのが丁寧にのせられた彼女の爪を見て、「苦しくない?  爪呼吸できてる?」と言ったら、両手をグーにして苦しがる小芝居をしてくれた。
中身が変わらないのがまた、ぼくとしては苦しい。
ただそんなキレイな手でも、箸の持ち方はやっぱり汚かった。
わざと「正しい持ち方にしなよ、大人なんだから」と言うと、「だよね」と真剣に箸の持ち方を調整していた。

彼女が左手で正しくお箸を持てるようになった頃、その薬指には金属の輪っかがはめられていた。
彼女は「左利きだから右手の薬指でもいいんかな?」と言っていたけど、そういうことじゃないよ。

「TPOだよ。これが正しい恰好なんだよ」といたずらに笑う彼女はとても正しさを持った美しさで、
ぼくが知っている彼女でも、ぼくが好きだった彼女でもなかった。
正しさを身に付け、美しくなっていく彼女はまるで他人だった。
もっとドキッとするものかと思った。
やっぱりキレイだな、好きだな、と思ってしまうと思ったのに。
あまりにも平常心の自分に安心したし、虚しかった。
「式なんてしないよ~、恥ずかしい」と言うのが、ぼくが知っている彼女の正しさだったのに。

左利きの彼女後編03

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その日、彼女は横に座るタキシードを着た男と何か話していて、コロコロッと笑った。
笑った弾みで左手に持ったスプーンからスープがこぼれて、ドレスが少し汚れた。
ほれみろ。白は汚れるんだよ。あーあ、あんなに頑なに白は着なかったのに。
こういうときに限ってこぼすんだよ。
すぐそうやっておしゃべりに夢中になるんだから、スプーン持ったまましゃべるなって横にいるお前も言ってやれよ。
わかってないなぁ、お前に任せて大丈夫か?と、脳内で好き放題言って、無表情で目の前の食事をただ口に運んだ。
高級っぽいものって美味しいのかどうかよくわかんない。
少なくとも彼女と横並びで食べたラーメンのほうがよっぽど美味しかった。

予定を変更して先にお色直しにしようとするスタッフに、彼女は「大丈夫です!」と言っているようだ。
大丈夫とかじゃないんだって。世間一般的に、シミが付いたドレスは美しくないんだから。

でも、その彼女が、最近の美しい彼女のどれよりも、ぼくの知っている美しさだった。
シミをポンポンと叩いて「大丈夫! バレないバレない! 誰もわたしのこと見てないから!」と、恥ずかしそうに必死に笑っている。
慌てて立ち上がって、慣れないヒールで体勢を崩す。また恥ずかしそうに笑う。
ふとこちらを見た彼女と目が合って、声は聞こえないけど「やっちゃったー」という顔をしている。
そのふにゃふにゃした顔を見て、ようやく鬱屈とした気持ちで今日ここに来た自分を正しいと思えた。

左利きの彼女後編04

新しいドレスに身を包んで現れた彼女に、ぼくを含めたその場にいる全員が、「美しい」と思った。

生方美久(うぶかたみく)
1993年、群馬県出身。大学卒業後、医療機関で助産師、看護師として働きながら、2018年春ごろから独学で脚本を執筆。2022年10月期の連続ドラマ「silent」の全話脚本を担当。

PHOTO=土山大輔(TRON)

STYLING=竹岡千恵

HAIR & MAKE-UP=笹本恭平(ilumini)

MODEL=川口春奈

TEXT=生方美久

EDIT=GINGER編集部

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