役者として信頼し合うふたりが、より深く、プロとして関係を深めたという映画『流浪の月』。あまりに壮絶なテーマと撮影現場は、ふたりの役者をどう苦しめ、そして輝かせたのか。
心揺さぶられ続けた生き物のような撮影現場
「松坂さん、もう人間じゃなかったですもん」
広瀬すずさんが、映画『流浪の月』製作の日々をともに乗り切った松坂桃李さんについて聞かれたとき、そう答えた。松坂さんは「そうかな」と笑ったけれど、それほど強烈にふたりは、この作品に惹かれ、のめり込んで作り上げたよう。
10歳の少女・更紗を部屋に入れたために誘拐の罪で逮捕された松坂桃李さん演じる青年・文。広瀬すずさんが演じるのは15年後の成長した更紗。小さな街で再会したふたりを、世間はスキャンダラスに取り上げ、静かな生活さえ奪おうとする。
「李相日監督は、求めるものに対してしっかりと時間をかけ、ずっと味方でいてくれる方です。更紗がどんな人物なのか、何を大切にして演じるべきなのか、細かくお話をして撮影をしました。物語が進むにつれて登場人物や更紗のつらい感情がどんどん入ってきて、更紗としてではなく私自身が耐えられなくなってしまった。更紗でいたいのに、彼女を思えば思うほど苦しかった。感情を保つことが本当に大変でした」(広瀬さん)
許されざる関係といわれながらも、お互いを必要とし合うふたり。そんな重厚なテーマの作品で、苦しさとともに、演じる喜びを全身で感じていたのは松坂さんも同じ。
「波風がたっていない湖の真ん中に、ぽつんとひとり体育座りしているような、そんな男性をイメージして演じました。澄み切っていて静かだけれど、心の中心の部分はマグマがグツグツと燃えているような。彼を誰よりも理解したくて必死でしたね」(松坂さん)
その姿を、広瀬さんは前述の「まるで人間ではないように見えた」と説明。事実松坂さんは、中性的で儚い文のイメージに近づくため、自ら体重を絞ることを決め、徹底的に肉体改造をして挑んだそう。
「一方で更紗はもっと、流れに身を任せてしまって、一見普通の女性。人前では当たり障りなく目立たないようにしているから、常になんとなく笑うクセがついている。だから私も撮影期間はずっと口角が上がっているようにしていました。物語が進むにつれて感情を出せるようになってその作り笑顔が消えていく。更紗を演じ通せて大切な何かを取り戻したような気がします」(広瀬さん)
その言葉を聞いて、小さく頷いた松坂さん。
「撮影現場自体が生き物のような、なかなかできないすごい経験をさせてもらいました」
ふたりと『流浪の月』をもっと知る、5つの質問
――『許されざる者』『怒り』など心をえぐるような作品を数々発表してきた李相日監督。その現場は常に過酷なものだと噂されているけれど、実際のところはどうだった?
広瀬 過酷なわけではなくて、撮影時間はずっと濃密。『怒り』のときに得たものも、時間が経ってしまうと忘れてしまっていたことが多く、それをゆっくり時間をかけて取り戻していった感じです。
松坂 湖で泳ぐシーンを早朝に撮ったのですが、さすがにそれは寒くて過酷でした。監督に『震えないでほしいんだけど』って言われまして。『大丈夫?』って一応聞いてくれているんだけど、なんかなぁって(笑)。
広瀬 大変でしたよね(笑)。
――長い年月離れ離れになっていながらも互いを想っていた主人公たち。同じように松坂さんと広瀬さんは撮影中もお互いを想っていた?
松坂 一緒にいないときでも、いま何をしているかな、体調はどうかなと、更紗、つまりすずちゃんのことを考えていた。それにひとりの役者としてとても頼りにしていました。
広瀬 この作品は想い続けるということがテーマですから。お互いを支えにずっと乗り切っていました。
――本作の撮影監督は韓国映画「パラサイト 半地下の家族」のホン・ギョンピョさん。ムードメーカーのホンさんに現場を盛り上げてもらった?
広瀬 少年のような純粋さを持っている方で、本当に楽しそうでしたね。
松坂 僕らは、シビアなシーンが多いので、笑いがある楽しいシーンは本当に救いになりましたね。
広瀬 シビアなシーンが続くと、カメラが回ってないところで息抜きをしないときつかったですね。
松坂 しかも数少ない楽しいシーン、完成版を見たら結構カットされてました(涙)。
――作品と出会ったとき、松坂さんはある覚悟をしたとか。
松坂 原作を拝見したとき、ああ、これはやる必要がある、やらなければいけない作品だと感じました。監督に「どれだけいけるか」と聞かれまして「やれるだけやってみます」と覚悟して返事をしたことを覚えています。そこから儚いイメージをつくるため体重も絞りました。撮影中は、更紗、つまり広瀬さんとの繋がりを離さないために、僕自身がずっと必死でしたね。
――広瀬さんにとってはどんな体験だった?
広瀬 世間に許されないふたりだけど、何がいけないのだろうかとか、更紗は、私は、かわいそうなんかじゃないんだとか、役と自分が混ざって考えてしまって撮影中は不思議な感じでした。更紗と文が「そばにいたい」と思う、それってどういう意味なのかはお客さんの判断に委ねたいです。
映画『流浪の月』
凪良ゆうの同名小説を『怒り』の李相日監督が映画化。美術は『キル・ビルVol.1』の種田陽平、撮影監督は『パラサイト 半地下の家族』のホン・ギョンピョという世界的スタッフが集結。
監督/李相日
出演/広瀬すず、松坂桃李、横浜流星、多部未華子ほか
配給/ギャガ
5月13日(金)全国公開
広瀬すず(ひろせすず)
1998年6月19日生まれ、静岡県出身。2013年「幽かな彼女」で俳優デビュー。’17年に『ちはやふる–上の句–』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞、『怒り』で同賞優秀助演女優賞を受賞。李監督作は『怒り』に続き2作目の出演。
松坂桃李(まつざかとおり)
1988年10月17日生まれ、神奈川県出身。2009年俳優デビュー。’19年『孤狼の血』で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、’20年『新聞記者』で同賞最優秀主演男優賞を受賞。待機作に『耳をすませば』(’22年公開予定)がある。