俳優、ミュージシャン、そしてモデルとひとつのジャンルに囚われずに歩み続ける、DEANさん。活躍する場も中華圏、インドネシア、日本とさまざま。多くの地で発信してきた彼だからこそ見える、エンタメのこれからについて語ってもらいました。
エンターテインメントにゴールはない。保身に走らず挑戦し続ける
DEANさんが香港でデビューした2004年ごろ、日本では第一次韓流ブームが起こっていた。それ以降、韓国はもちろんアジアのエンターテインメント人気が日本で定着。
「ブームを感じることはできるけれど、日本においてアジアのエンタメがどういう展開をしているか、どう受け入れられているか、という視点を僕は持ったことがないんです。例えば韓国のエンタメも、日本での人気という着目ではなく、アメリカ、ヨーロッパ、中国など、世界においてどういう動きをしているか?というふうに考えています」
ワールドワイドな思考のなかで、日本だからこそのエンターテインメントの良さも、自身の活動で示していきたいというDEANさん。
「少し言葉は良くないかもしれないですけれど、日本のエンタメの強みは、“脈絡のなさ”だと思うんです(笑)。いろんなものに影響されて、それをいろんなアイデアに変えられる。僕も日本で仕事をしているなかで、ここでしかできないことは積極的にトライするべきだと感じているので、前向きにやっていこうと思っています」
ひとつのジャンルにとどまらず、さまざまな‟エンターテイナーとしての顔”を持つDEANさん。
それぞれのジャンルに対し、どのように向き合っているのか。
-俳優として-「作る側と観る側が楽しんでくれて、はじめて俳優として“役に立てている”と実感できる」
「俳優は、自分が人生で経験できないような生き方を仮体験できるのももちろん魅力ですが、実感できるのは“人の役に立てている”ということです。プロデューサーやスタッフなど企画を立ち上げた制作チームのなかで、役者は最後のキャップをはめる役割だと思っています。制作スタッフの欲しい演技を提供できて、それを作品として世に出して多くの方々に観ていただき楽しんでいただける。名誉なことだと実感しています」
-ミュージシャンとして―「自分のなかで湧き出てくる音楽を届けずにはいられない」
「音楽に関しては、自分のなかで湧き出てくるものを“これを届けようとせずして、どうしたらいいんだろう?”という思いでやっています(笑)。吐き出したいものがあるけど名前や形状は、はっきりしないもの。それがターゲットや締め切りによって形作られるものが、僕にとっての音楽です。ライヴ活動はこれからどうなっていくのかわかりませんが、自分が一番気持ち良く表現できるようにしたい。そしてひとりでも多くの人に届くようにしたいです」
-映像制作者として-「日本人以外のファンも増やす作品をプロデュースしていきたい」
「映画をIP開発するにあたっては、2年くらい前から、ビジョンや実際の流れ、ストーリー、キャラクター設定などの企画書を書くところから始めています。そこにやりがいを見出したのもあるし、何か一歩踏み出さなくてはと思ったのもあります。日本語を使ったコンテンツを作って、日本人以外のファンも増やすことは、今いろんな人がトライしていること。自分も今がそれをやるべきタイミングではないかと感じています」
アジアとして世界に向けて進化を続ける DEANさん。これからの挑戦にも目が離せません!
PROFILE
ディーン・フジオカ●1980年8月19日、福島県生まれ。2006年、香港映画『八月の物語』で俳優デビュー。’13年シングル『My Dimension』でミュージシャンとしても活動開始。語学力と多方面の才能を活かしボーダーレスに活動中。デジタルシングル『Follow Me』が発売中。