本当は興味津々なのに、決して踏み出せない――芸人 紺野ぶるまさんの自分観察。【連載「奥歯に女が詰まってる」】
7年越しにウェディングフォトを撮る女


先日40歳になった。
誕生日の少し前に、30代のうちにやり残したことあるかなと考えた。
そういえば結婚式をやっていなかった。結婚してすぐコロナ禍に入って、マスクをつけたままお産をして慌ただしく過ごす間にめんどくさくなってそのままだった。いやコロナ禍でなくてもやっていなかっただろう。幸せは自分のなかにおいて噛み締めたい、誰を呼ぶとかいくらかかるとか、考えるだけで思考が停止する。私も夫もそれより貯金したいが優ってしまう。
だけど数年でこんな毛穴が開いたり、顔がたるむんなら、その前に写真だけでも撮っておけばよかった。
そっか、30代って若かったんだと39歳に後ろ髪を引かれながら、それなら一日でも早く撮ってみようと夫と娘を誘って表参道のスタジオに話を聞きに行ってみることにした。
スーツを着たわざとらしくない笑顔のスタッフさんに「よろしければお飲み物を。緑茶、ルイボスティー、梅昆布茶、お水…」
と手厚く接客されると多少割高でももうここで撮ってしまいたい気持ちになる。
夫も同じことを思っていたようで「明日とかいけますか?」と聞いてくれたが、どうやらそういうものでもないらしい。当たり前だがヘアメイクさんやカメラマンさんなどみんなで作り上げるもので、1ヵ月は待つらしい。なんだ、全然30代のうちには間に合わなそうだ。
試着だけさせてもらうことになり、体を隠せるデザインの二着と外に飾られていた「ここで一番ゴージャス」なドレス選んでフィッティングルームにスタッフさんと娘と入った。鏡を見てそこで自分がスッピンだということに気づいた。「ああスッピンだ、だから多分似合わないや」その場にいる全員に聞こえるようにハードルを下げる作業をしてから、ウェディング用の下着で腰をギャンギャンに締め上げてもらう。いざドレスを着てみると「あれ、別に違和感ない」とまんざらでもなかった。
そうだった、私って女の子だった、いやもう40だけど、そうだ、私って花嫁だった、もう7年前だけど。この気持ちってどこに置いてきたんだっけ? 小さい頃からめちゃくちゃこういうの憧れてたじゃん!と思い出すと自然と涙が込み上げてきた。
スタッフさんは夫をカーテンの向こう側に立たせると嬉しそうに「じゃあいきますよ〜」と所謂ご対面をさせようとしてくる。夫は「いやいやその僕らはもうそんな…」と照れている。娘は「ママ可愛いよ、パパ!」とハードルを上げている。やめてくれ、初めてのウエディングドレスを着て人前で泣くとか絶対やだ。いろんな思いあってのこのタイミングなんだな〜とか思われるの、いっちゃん恥ずい。周りを困らせるのは避けたい。「いや〜私めちゃ可愛いわ、やばいわ」と必死に女々しい部分を隠す。
「オープン!」とカーテンが開くと、タキシードを着た夫が嬉しそうにこちらをみている。漫才一筋苦節15年目の芸人感は否めないが、似合っていた。「パパ、ママに結婚してくださいって言って! ほら!」とはしゃぐ娘。スタッフさんはさりげなくスッと席を外す。絶対ここで撮りたいと再度誓った。「ここお店だよ、静かにしないと!」なんとか涙が溢れ落ちないように深呼吸をしたり、まずかったご飯のことを思い出したりしたが、明らかに鼻声になったからもはや喋らず頷いたり、咳で返事をするようにしてスマホで何枚も写真を撮った。
「資料用にお写真いただきます」と言われて撮った写真を実はチェキにしました!と帰り際「じゃじゃーん!」と渡してもらった。そこには「ここで一番ゴージャス」なドレスを着ている私が写っていた。
乳が前よりしぼんでてよかった、めちゃ細く見える。あと多分新婚の頃より可愛いな、今の方が、と本気で思った。似合うな、今の方が。40の割にとかではなく、生物として、今の方がいいな、と。トゲがないとういうか、柔らかくなった、表情も二の腕とかも(そこは加工してもらう予定)いろんな意味で。だからこのタイミングで足が向いたのかも、そんな気もしてくる。40歳を「初老」と呼ぶなんて昔の話、今は人生100年時代。とはいえ体力の衰えをガクンっと感じるのは否めない、夕方になると瞼が重くて仕方ないのだから。
だから極力大事な用事は午前中に済ませよう、そのために夜はちゃんと眠りましょう、そのためにブルーライトは避け紙の本をたくさん読みましょう、それでたくさん泣きましょう。楽しいことばかりではないことを知っているからこそ、楽しい時間をより大事にできるってものじゃないの!とウェディングドレスをまた着ることを待ち遠しく思う40歳と1ヵ月なのだった。
最後に
ウェディングドレスを着たい気持ちとかけまして
40歳と解きます。
その心はどちらも
置いて(老いて)きたことに気付く瞬間、泣けてくるでしょう。
紺野ぶるま(こんのぶるま)
1986年9月30日生まれ。松竹芸能所属。著書に『下ネタ論』『「中退女子」の生き方 腐った蜜柑が芸人になった話』などがある。
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