美術を面白おかしく、わかりやすく解説する“アートテラー”として活躍するとに~さんによる連載。読者の皆さまからの質問も随時受け付けています!
こんばんは。アートテラーのとに~です。
Clubhouse(クラブハウス)、急に流行りましたね。そして、もう飽きられそうな予感もありますね。トークをするのが本業の身としては、どんな形であれトークを配信できるのはうれしいところ。ここでしか喋れないアート情報を不定期に配信していますので、良かったらルームに遊びにいらしてくださいませ。
さてさて、本日はここ近年特に、美術界で熱い注目を集めている「新版画」についてご紹介いたします! 日本ではまだそこまで知られていませんが、世界のセレブたちを虜にしている新版画。Clubhouse旋風の次は、新版画旋風かも?
スティーブ・ジョブズもハマった新版画って?
新版画を調べると「明治末から昭和時代に描かれた木版画のこと」とあります。だいぶザックリとした定義ですよね。どこがどう新しいのでしょう?
日本を代表する版画といえば、東洲斎写楽や葛飾北斎でお馴染みの浮世絵があります。江戸時代、庶民に大人気だった浮世絵ですが、明治の世になると、写真や新聞、雑誌などほかのメディアが登場し、浮世絵は徐々に廃れていきました。さて、浮世絵というのは、写楽や北斎といった絵師1人で作るものではありません。摺師と彫師、それぞれの職人技があって初めて成立するものです。明治になって浮世絵が下火になっても、絵師には浮世絵以外の仕事がありましたが、摺師や彫師には替えの仕事がありません。「このままでは、職人技が途絶えてしまう!」そう危惧した版元(プロデューサー的役割の人々)が、今一度、絵師・摺師・彫師の3者の技が融合した新たな木版画を作ろうと情熱を注いだのが、新版画なのです。
そんな新版画の代表的な作家の一人が、川瀬巴水です。テレビアニメオープニングのサザエさん並に(?)日本全国を旅し、その生涯で600点以上もの風景画を残した巴水。晩年には、「風景が版画に見えてきた」という言葉を残しているのだとか。一般的な浮世絵は数枚の木版を重ねていますが、巴水の新版画は30~40枚の版を重ねています。そうして生み出される絶妙なニュアンスは、今の言葉でいうならば、まさに「エモい」の一言。あのスティーブ・ジョブズも巴水の大ファンだったそうで、来日するたびにその作品を購入していたそうです。
ダイアナ妃が愛した新版画
そんな川瀬巴水と同時代の人でありながら、版元によるプロデュースではなく、あくまで自分で摺師、彫師を雇って「自摺」することにこだわった新版画家もいました。その名は吉田博。実は今、彼の作品にスポットを当てた『没後70年 吉田博展』が東京都美術館で開催されています。
名前は平凡ながら(?)、画家としての腕は非凡。もともとは洋画家で、当時の洋画界のドンであった黒田清輝と対立し、黒田を殴ったというエピソードも残る反骨精神の塊のような人物です。23歳の時に渡米し、ひょんなことからデトロイト美術館で友人と二人展をする機会に恵まれました。その展覧会が大盛況! 絵が売れに売れて、なんと小学校教諭の生活費13年分のお金を手に入れたそう。まさにアメリカンドリームです!
そんな吉田が49歳になってからセカンドキャリアとして、本格的に始めたのが新版画。洋画の手法にこだわりつつ、木版画ならではの表現も追求しました。それは、同じ版木を使って、別の時間帯を表現するというもの。まったく同じ版木ながら、その表情や印象はガラッと違うものに。ちょっとした魔法を見せられているような感覚に陥ります。
なお、あの精神科医のフロイトや、GHQのマッカーサー、さらには英王室の故ダイアナ妃も吉田博のファンだったそうです。ちなみに、ダイアナ妃の執務室に飾られていたという《関西 猿澤池》と《瀬戸内海集 光る海》。その2点の作品と同じものも展覧会に出展されていますよ。お見逃しなく!
『没後70年 吉田博展』
会期/2021年1月26日(火)〜3月28日(日)※会期中、一部展示替えあり
会場/東京都美術館(東京都台東区上野公園8-36)
https://yoshida-exhn.jp
ネクストブレイク候補の新版画家の展覧会
現在、原宿にある太田記念美術館でも、新版画の展覧会『没後30年記念 笠松紫浪―最後の新版画』が開催されています。川瀬巴水や吉田博と比べると、まだまだ知名度が低い笠松紫浪ですが、その実力は折り紙付き! これからブレイクする可能性が最も高い新版画家といえましょう。
川瀬巴水や吉田博は日本全国の名所や名峰の絵を得意としていましたが、笠松紫浪は東京都内の風景を多く描いています。何気ない場面でも、笠松の手にかかると、実にエモい光景に。構図といい、漂う空気感といい、色味といい、すべてが絶妙にエモいのです。それゆえ、現代の目で見ても、十分に新鮮に感じられます。いや、現代の目だからこそ、より新鮮に感じられるのかもしれません。
どの作品も素敵ですが、個人的にお気に入りなのは、東京タワーを描いたこの1枚。当時完成したばかりの東京タワーを、あえて赤い色では描かないそのセンス。そして、画面下に描かれた家の小ささとタワーの大きさとの対比が、なんとも抒情的でエモかったです。昭和レトロ好きならば押さえておきたい展覧会です。
『没後30年記念 笠松紫浪―最後の新版画』
会期/前期:2021年2月2日(火)~25日(木)、後期:3月2日(火)~28日(日) ※前後期で全点展示替え
会場/太田記念美術館(東京都渋谷区神宮前1-10-10)
http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/
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