映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『LAMB/ラム』をご紹介。
個性派映画の極めつけ『LAMB/ラム』
北欧といえば「おしゃれデザイン」みたいなイメージがありますよね。ナチュラルでシンプルで、スマートなんだけどどこか温かみも感じられるみたいな。サウナとか湖とかキノコ狩りとかムーミンとかがパッと浮かぶんですが、でも「世界一臭い缶詰」っていうのも確か北欧にあったはず…と思うと、なんや知らんけど、おしゃれなだけじゃない国のような気もしてきます。実は映画に関しては、スウェーデンとかデンマークとかアイスランドって「鬼才」「個性派」と呼ばれる監督の宝庫で、フランスとかドイツとかイギリスとかと併せて「ヨーロッパ映画」とひとくくりにはできない、なんやら独特の奇妙な作品がすごく多かったりします。この『LAMB/ラム』という作品もそんな作品――というか、極めつけ! みたいな作品です。
舞台はアイスランド、外界と隔絶された山間の片田舎。主人公はそこで牧羊を営む子供のいないマリアとイングヴァルの夫婦です。シーズンなのか、羊が次々と出産する中、ある「特別な仔羊」が生まれます。妻はその仔羊に「アダ」と名前を付け、自分の子供として育てることに。ええ、ここまでで十分変なんですけど、一寸法師とか親指姫みたいな話と思えばなんつうことはありません(知らんけど)。
迫りくる不穏な空気にぞくり
ここから話はさらに妙な具合になってゆきます。幸せにくらす3人家族の生活を壊しかねない存在が見えてくるんですね。ひとつは「アダの本当の母親=母親羊」。母親羊は、群れから離れて一人、どうやらマリアをジーーーッと見てる。彼女が自分の子供をとり上げたことを知っているわけです。そんな中、今度はイングヴァルの弟ペートゥルが、ふいに夫婦の家に転がり込んでくるんですね。「特別な羊」であるアダを人間の子供の様に扱い、溺愛し執着するマリアと、それに何も言わずに許しているイングヴァルが信じられず、「こいつは人間じゃない!」とアダを「動物扱い」してはばかりません。そういう中で、何かとんでもないことが起こってしまいそうな不穏な空気が、どんどんと膨れ上がってゆきます。
想像のさらに上をいく結末とは…
セリフが少ないし決定的な映像はなかなか見せない、多くを説明しない映画ですが、その代わり様々に仕込まれたほのめかしが、観客の想像力を刺激します。例えば、アダが生まれたときのイングヴァルが浮かべる曇った表情、家の裏手にある3つの小さなお墓、「マリア」「羊」「ペートゥル(ペテロ)」というキリスト教の記号、アダの中で目覚めてゆく何か、マリアとペートゥルの関係、雨の夜に訪れ羊を慄かせる何者かの存在。特にアダと母親羊のにらみ合いなんかを見ていると、羊が羊に見えなくなってきます。ホラーかと思えば、つい吹き出すようなオフビートな笑いがちょいちょい挟まれたりも。家族の多様性? 女性の狂気? 宗教? ただのエンタメ? なんて思ってるうちにやってくるラストは、いろんな意味で驚愕と困惑なのですが、日本とは全く別の感性をおつりがくるほど味わえるのは間違いありません。映画でしか味わえない世界を、ぜひぜひお楽しみください。
『LAMB/ラム』
監督・脚本/ヴァルディミール・ヨハンソン
出演/ノオミ・ラパス、ヒルミル・スナイル・グズナソン、ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン
https://klockworx-v.com/lamb/
2022年9月23日(金)ロードショー
©2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JÓHANNSSON
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