映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『あなたがここにいてほしい』をご紹介。
SNSで話題を呼んだ実話ベースの物語
17歳のチンヤンは同じ高校に通う優等生のイーヤオに一目ぼれし、2人の恋は始まります。映画はそこから10年、互いを一途に愛し続ける2人の紆余曲折を描いてゆきます。成績優秀なイーヤオは推薦入学で大学へ、さらには大学院へと進学。勉強が苦手なチンヤンは専門学校をへて、現場で働くように。やがて親に交際を反対されたイーヤオは家を飛び出し、2人は同棲生活を始めます。
取り壊しが決まったアパートの古びた部屋、どうにかこうにか集めた中古の家具、キッチンで洗い物をすれば水になってしまうシャワー、ひとつのベッドマットに初めて寝転がった時の嬉しいような恥ずかしいような空気。日本では描かれなくなって久しい「愛さえあればお金なんて」という世界が、やけに美しく見えるのは、映像に詩情があふれているからでしょうか。
厳しい現実と、映像美のコントラストに注目
すごく印象的なのは、チンヤンが働くマンションの工事現場で過ごす大みそかのエピソードです。年末年始すら仕事で戻らないチンヤン、イーヤオは我慢しきれず彼が働くマンションの建設現場に訪ねてゆきます。まだ構造だけの部屋に彼女を連れて行ったチンヤンは、コンクリートの壁にプロジェクターで映像を映し出し、それをきっかけにふたりのちょっとしたお遊びが始まります。目に見えないピアノを弾き、テーブルに足を引っかけ、冷蔵庫からビールを出し……もちろんそこには何もないんですが、絶妙な効果音で、2人の新婚生活が見えてくるんですね。このマンションが完成したら部屋を買って住みたい――そんな2人の夢がファンタジーとして描れます。それを祝福するかのように、パーン!と新年の花火が。青春時代の恋愛ってこうだよね~という幸福感が満点です。
ドラマをさらに魅力的に見せるのは、何しろ主演の2人が魅力的だから。特にチンヤンを演じる中国のスター、チュー・チューシアオは、シュッと切れ長の瞳といい、それが流れちゃうほどとろんとした笑顔といい、すごく魅力的です。普段は韓国人俳優のことばっかり書いている私ですが、中国も開拓せねば!という気持ちになりました。映画は中盤から完全にチンヤンの話になってゆき、大人の世界の現実に蹂躙されてゆく様は本当に可哀そうでかわいそうで。
結婚・格差問題…心をえぐられる意外な結末
こういうタイプの作品は、日本だと『花束みたいな恋をした』みたいな展開になるのでしょうが、中国はさすが大陸国家で、2人を隔てる距離や障害はものすごく壮大で、めちゃめちゃドラマティックです。後半の怒涛の展開にはハラハラしっぱなしなのですが、たどり着いたラストは日本映画ではあまり見ない「え?!」という展開で、これが私はすごく気に入ると同時に、めちゃくちゃえぐられました。こういう結末を堂々と描き、大ヒットさせる中国には、作り手と観客、両方の成熟を感じます。今後は中国映画も目が離せないなあ。
『あなたがここにいてほしい』
監督/シャー・モー
出演/チュー・チューシアオ、リン・イーヤオほか
7月22日(金) シネマート新宿ほか全国ロードショー。
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