映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『リスペクト』をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
J・ハドソンの圧倒的な歌唱力で描く70年代ソウルの女王アレサ・フランクリンの半生
主人公のアレサは、教会の牧師の娘に生まれ、説教師として有名な父の傍らで幼いころから言われるままにゴスペルを歌ってきた少女です。物語はその彼女が歌手になり、「ソウルの女王」と呼ばれるようになるまでを描くのですが、ただのサクセスストーリーではありません。
最近ではブリトニー・スピアーズ、若くして亡くなったエイミー・ワインスタインなんかもそうですが、幼いころに芸能活動を始めた人物には、良くも悪くも必ず彼らを悪気なく支配する大人がいるものです。多くの場合それは親ですが、特に女性においては親の支配から抜け出すために頼った相手が、結局は別の支配者だったりすることもある。この物語は、そういったものからサバイブした一人の女性が、自分として立つまでの物語です。
アレサが幼いころを過ごした1960年代は、「ブラック・ライブズ・マター」の最初の一歩ともいえる、黒人公民権運動の真っ只中という時代です。父は宗教の説教師でもありますが、この公民権運動の活動家でもあり、その中心的存在であるマーティン・ルーサー・キングJr.にも可愛がられています。
アレサは彼の思想――自由や平等の考え方に共感し、大きな影響を受けています。彼女の周りにあるのはそういう人たちのコミュニティであるはずなのに、彼女を含めた女性たちの人生に起こることは、まったくもって「リスペクト」に欠けたことばかりです。
アレサは、今で言えばテイラー・スウィフトみたいに、そんな思いを歌詞にして歌います。その歌詞は今の時代を生きる私に「え? 私たちのことでは?」という感じで、めちゃめちゃ響きまくります。独自の解釈で新たに誕生させたタイトル曲「リスペクト」の「リスペクトっていう言葉の意味わかってる?」から始まって、「THINK」の「あなたが私にしようとしてることを考えて」とか、「Ain't no Way」の「私が何をしてあげられるの? あなたが私の両手を縛ってるのに」とか。
描かれるアレサの苦悩は、父や夫の支配といった、言ってみればそれほど珍しいものではないのですが、それがこうした歌と一緒に描かれることで、ものすごく心に響いてきます。
もちろん凡百の歌手ではこうはなりません。主演はアレサ自身が指名したという歌手ジェニファー・ハドソン。映画好きな方ならば、ビヨンセ主演の『ドリーム・ガールズ』で知っているかもしれません。あの映画でもビヨンセを食う勢いで観客を魅了していた彼女の歌声は、今回も素晴らしすぎ。特にラストの「アメイジング・グレイス」には、心が震えます。ライヴを見にいくような気持ちで、ぜひ見てみてくださいね。
『リスペクト』
監督/リーズル・トミー
出演/ジェニファー・ハドソン、フォレスト・ウィテカー、マーロン・ウェイアンズ、メアリー・J. ブライジほか
https://gaga.ne.jp/respect/
(c)2020 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.
※11月5日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
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