映画ライター渥美志保さんによる連載。ジャンル問わず、ほぼすべての映画をチェックしているという渥美さんイチオシの新作『TOVE/トーベ』をご紹介。作品の見どころについてたっぷりと語っていただきました!
自分は何者でありたいかは、自分で決める!「ムーミン」に込められた作者の想い
フィンランドで生まれた世界的人気のキャラクター「ムーミン」は、のんびりと可愛いんだけど、ちょっと寂しいような感じがあったり、ひねくれ者の悪いキャラクターがいたりして、独特の世界観があります。映画が描くのは、そんな世界を生み出した作者トーベ・ヤンソンの恋と人生を描いたものです。
舞台は、第二次世界大戦が終わったばかりのヘルシンキ。トーベは画家としての成功を夢見ていますが、遊びで描いていた「ムーミントロール」のイラストのほうが評判に。高名な彫刻家で保守的な父は、そんな彼女を全然認めてくれません。
反発した彼女は、アトリエ兼住居として古い部屋を借り、タバコを吸い酒を飲み、結婚なんて考えずに既婚者であるアトスと恋をして、自由気ままに生きています。そんな中で出会ったのが、上流階級に生まれ育った演出家のヴィヴィカ。トーベはほとんど一目惚れのように恋に落ちます。
映画は2つの恋を描きます。国会議員でジャーナリストのアトスは、トーベを愛しその才能を認め、妻と離婚してトーベと結婚することを望みます。でもトーベは、全然そんなことを望んではいません。一方のヴィヴィカは、同性愛が違法だった当時のフィンランドで、「結婚すると便利よ」と言いながら自由奔放に婚外恋愛を楽しんでいます。
トーベとヴィヴィカは互いに自由で、なんだかすごくうまくいきそうですが、アトスに対してはあれほど自由奔放に振る舞っていたトーベは、ヴィヴィカを独占したいし、彼女の自由奔放さにものすごく傷ついてしまう。恋愛って上手く行かないものだなぁと思いますが、芸術家ってすごいなと思うのは、そういう苦悩や寂しさがムーミンの物語やキャラクターに昇華されているところ。ムーミンやスナフキン、トフスランとビフスランといったキャラクターは、こうした人々から着想されています。
トーベはフィンランドでは少数派のスウェーデン人であり、同性愛者でもありました。彼女が描くムーミン谷は、性別やジェンダーが多様な世界として描かれています。つい最近、ムーミンがある企業とのキャラクター契約をキャンセルしたのも、そんな世界観を考えれば当然のことに思えます。そうした紆余曲折を経て、彼女が「自分であること」を発見していくラストはすごく共感を覚えます。
映画はムーミンのイラストや舞台化の裏側なども描かれ、さらに登場するテキスタイルなんかもいちいち可愛く、北欧デザインが好きな人にはたまりません。映画の前に絵本を読むとさらに楽しめるかも。見終わった後は、ムーミングッズをめちゃめちゃ買ってしまいそうです…。
『TOVE/トーベ』
監督/ザイダ・バリルート
出演/アルマ・ポウスティ、クリスタ・コソネン、シャンティ・ローニーほか
(c)2020 Helsinki-filmi, all rights reserved
https://klockworx-v.com/tove/
※10月1日(金)新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマほか全国公開
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