映画のプロデューサーとしてずっと働いてきたのに、ひょんなことから失職したアラフォー独身女子、チャンシルさん。ややもすれば暗くなりがちな女子の迷走劇を明るく描いたこの映画の見どころを、映画ライター渥美志保さんにたっぷりと語っていただきました!
映画ファンを慰めるのは、往年の香港の大スター?
ずっと一緒に組んで仕事をしてきた監督が急死し、仕事を失ってしまった映画プロデューサーのチャンシルさん。彼女は映画が大好きで、映画のために一生懸命やってはきたのですが、何か特別な成果や評価があったわけでもなく、自分に仕事をくれる人は誰もいません。
慰めてくれるのは権力者とは程遠い後輩ばっかりで、とはいえ、それも仕方ないので家賃の安い家に引っ越し、「姐さんには私がついてる」と言ってくれた後輩女優に家政婦として雇ってもらいます。
彼女の家には、これまた仕事がない映画監督が、女優にフランス語を教えに来ているのですが、この人が穏やかで優しく、もちろん映画が好きなので話も合う。後輩に冷やかされて「年下男子と恋の予感・・・?」と淡い期待を抱いたりもするのですが——なんとなくスカッとしません。
仕事を失ったのをきっかけに人生を迷走しまくる女性の物語は、ややもすれば暗くなりがち。でもこの作品がそうはならないのは、ひとつにはチャンシルさんの声が、深刻さか暗さとは無縁の独特の脱力系ハイトーンボイスであること。もうひとつは、『愛の不時着』の「耳野郎」ことキム・ヨンミンさんが演じる、彼女を慰め励ます謎の存在です。
真冬だって言うのに白ランニングと短パン姿で、唐突に彼女の周囲に現れたり隠れたりするこの人が名乗るのが、往年の香港のイケメンスター、レスリー・チャン。ランニング姿は彼のトレードマークのような恰好なんですね。
可笑しいのは、ヨンミンさんがレスリー・チャンに全然似ていないこと。そして幽霊なのに幽霊っぽい演出(色が薄いとか、脚がないとか、儚げな雰囲気とか)が全然ないこと。ヨンミンさんが『愛の不時着』まんまのおとぼけ感満載で、寒そうにしてるし、実際に「寒い」とか言って次には厚着してきたりする。幽霊なのに、んなアホなwww。
ところがそんな笑いを振りまくこの人の存在に、最後はジーンとさせられてしまいます。誰にでもある気持ちがすごく弱ってしまったとき、最後の最後で支えてくれる大事なもの、大事な人ってありますが、彼はそういうものを擬人化したもの、チャンシルさんの「守護天使」と言えるかもしれません。
ともあれ。いけしゃあしゃあしゃあというか、開き直りを笑いに変えるというか、ほんとうに肝の太い監督です。韓国映画の多様さ、強さをここにも思い知らされます。
八方塞がりの女子の「迷走あるある」に笑って泣いてジーンとして、とにかく面白い作品です。
『チャンシルさんには福が多いね』
監督・脚本/キム・チョヒ
出演/カン・マルグム、ユン・ヨジュン、キム・ヨンミンほか
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1月8日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷/有楽町、シネ・リーブル梅田ほか全国順次公開