ホロコーストを逃れ自分の故郷を目指してゆくユダヤ人の少年と、「異端者」である彼がさらされる狂気を、戦争を背景に寓話的に描いた衝撃作。自身もホロコーストの生き残りである作家イェジー・コシンスキが、実体験をもとに書いたと言われる発禁本を、50年の歳月を経て映画化したというこの作品の見どころを、映画ライター渥美志保さんにたっぷりと語っていただきました!(編集部)
絵本のようなモノクロの世界で「異物」を虐げる人たち
映画の冒頭では、主人公の少年が小さな動物を抱えて森の中を逃げていて、そこに別の少年の一団が襲いかかります。ボコボコにされた彼が荒野にぽつんとある家に戻ると、その家主であるおばさんから「一人で外に出ちゃダメだ、自業自得だよ」と諭されます。なぜ「自業自得」なのかはわかりませんが、おばさんは彼の面倒をみてくれるし、少なくとも彼女との二人暮らしの中では安心なようでした。
ところがある晩、このおばさんが急死。死んでいることを発見して驚いた少年はランプを落としてしまい、家も焼失してしまいます。映画はここからはじまる、少年が「本当の家を目指す旅路」を描いてゆきます。
少年はどこにいってもイジメられひどい目に遭うのですが、それとは別に彼はさまざまなことを目にしてゆきます。
例えば、彼を拾った粉屋の主人が、妻の浮気を疑って彼女に暴力を振るうこと。鳥を売るおじさんに世話になっときは、「羽に色をぬられた鳥」が他の鳥たちに攻撃されて死んでしまったこと。奔放に情事を楽しんでいた女が、村の女性達にひどい目に遭わされること。親切な司祭に助けられ、預けられた先の敬虔なキリスト教信者が、実はとんでもない人物だったこと。
平和に暮らしていたらありえない経験をいくつも経て、少年はだんだんと自分を失ってゆきます。
やがて分かってくるのは、少年が第二次大戦のナチによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)から逃れたユダヤ人であるということ。道中、彼がイジメられるのは彼が「羽に別の色を塗られた鳥」と同じように、そのコミュニティの「異物」だから。
映画はこの原作を書いたポーランド人の著者自身の実体験だともいわれているのですが、例えば「他と考えが違う」「他と見た目が違う」「他と行動が違う」「他と肌の色が違う」といった人たちが、あるコミュニティにおける「異物」として攻撃される状況は、ホロコーストとか戦争とかまったく無関係に、今の社会そのもののようにも思えます。
美しすぎるモノクロ映像もすごく魅力的です。完璧な構図や見たことのない映像、衝撃的なアイキャッチなど、どの場面も目を奪って離さないものが、それはもう美しく切り取られています。
この時代の東欧の村には、まじない師のおばあさんとかがいて、もはやファンタジーの世界なのですが、「主人公の少年が、ある場所にたどり着き、何かが起きて逃げる」というのが繰り返される構成と相まって、ダークなおとぎ話、大人向けの黒い絵本のようでもあります。
『異端の鳥』
監督・脚本/ヴァーツラフ・マルホウル
出演/ペトル・コトラール、ステラン・スカルスガルド、ハーヴェイ・カイテル
www.transformer.co.jp/m/itannotori/
© 2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN CESKÁ TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVÍZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCK
※10月9日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー