本当は興味津々なのに、決して踏み出せない――芸人 紺野ぶるまさんの自分観察。【連載「奥歯に女が詰まってる」】
今やっていることの、目標は何だった?

つい2日前ピン芸人の大会R-1グランプリの準決勝を終えてきたところである。
いつものことながら賞レースの話題ばかり、一体芸人以外で誰が興味あるんだ!と読んでもらえないかもしれないが、今回はお笑い賞レースについてというより、“目標達成”をテーマにして書いていきたい。
17年間ここで優勝することを目標にしてきた。
最初の3年間は一回戦で落ちていた。
ここで学んだことは「情報収集」の重要性である。
「お笑い」という大きなカテゴリーでみていては一生前には進めない。
面白い=受かるではない、という事実を知って、コツを掴まないといけない。
ライブでウケた、誰かにいいと言われたは一切結果に反映しない。
川で魚を釣るのと、大海原で網を張るのではまるで技術が違う。むやみにやるのではなく、現場に足を運び、入場料などの課金をし、分析が不可欠である。
それらを続けて長い間足踏みしたのち、初めて決勝に行くのだが、嬉しい瞬間は体感30秒くらいだったように思う。
1回戦、2回戦、3回戦、準々決勝、準決勝、敗者復活戦、受かるたびそれぞれ5秒ずつの計算だ。
受かった!と、5秒後にはもっと上がいることへの恐怖、絶望、焦りで落ち込んでしまうのだ。
そもそもなんで優勝したかったんだっけ?と考え始めた。たしか自信が欲しかった、光を浴びてみたかった、敵意をやめて人に優しくなりたかった、と思い出した。しかしエントリーするごとに闇ばかりが訪れている。本末転倒じゃないか。
そして今年、優勝こそしてないが、予選中にもう目標は達成してることに気づいてしまった。
準々決勝であまりネタがウケなかったときだ。結果受かるのだが、結果を待つ間、ネタは完璧だったはずだ、わたしの構成がおかしいわけないと怒りすら覚えたのだ。いつからか、ネタに対してとてつもない自信を持っていたのだ。
準決勝を同じネタで終え、思ったよりウケたときに、とても気持ちよくて、真っ暗な袖でわたしは昇天しそうだった。こんなの初めてだった。なんだこれ、と泣いてしまいそうだった。
そして5秒後にまた「あ、みんなウケてるんだった、結果出るんだった」と地獄の時間が来そうになりわたしは「勿体無い!」と隅にはけて気持ちよさに浸った。何にも変え難いと思った。
少しして仲間たちのネタを見て「みんな面白いなあ」と手を叩いて笑った。みんな面白いことが嬉しかった。
とある先輩と結果を待つ間に少し話をさせてもらった。「なんでR-1受けてますか?」と。
私も先輩も「楽しいからね」といった。
敗退を知った瞬間に同じく敗退した先輩が拳を合わせてくれた。楽しんでいたことを褒めてくれた気がしてわたしはまた泣きそうになった。
負け惜しみの言い訳と受け取られるかもしれないが、勝負は水ものである。コントロールできない部分もある。結果には今後もコミットしていきたいと思うが、いつか優勝したとき、あの袖での気持ちよさを超えられるのか、と頭を傾げている敗退3日後の今である。
最後に
目標達成とかけまして
舞台袖と解きます。
その心は暗闇の中でも光が差すこともあるでしょう。
紺野ぶるま(こんのぶるま)
1986年9月30日生まれ。松竹芸能所属。著書に『下ネタ論』『「中退女子」の生き方 腐った蜜柑が芸人になった話』などがある。
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