令和の清少納言を目指すべく、独り言のようなエッセイを脚本家・生方美久さんがお届け。生方さんが紡ぐ文章のあたたかさに酔いしれて。【脚本家・生方美久のぽかぽかひとりごと】
自分のために身に着けるもの

秋だから、服をたくさん買った。この秋は特にブルゾンとトラックジャケットを買い足した。(オアシスが日本にいる間は街に溢れかえっていたのでアディダスのトラックジャケットを着るのはなんとなく控えた)。真冬になると使いにくいけど、春や秋の上着としてとても優秀だし、なによりかわいい。メンズライクな服がすき。
以前、久々にスカートをはいたとき、かなり年上の男性に「今日なんかあるの?」とニヤニヤしながら言われてから、よりメンズライクがすきになった。その程度のことでいちいち小さく傷つく自分のことは、よりきらいになった。
友人たちとの雑談のなかでファッションの話になったとき、ある人は「何を着るかは他者にどう思われたいかの表れだ」と言った。わかるけど、自分はちょっと違うとも思った。所謂TPOというか、その場に合った服装、身だしなみ、相手への配慮というのは必要な場面が多いし、それを守るのは常識ある大人だと‟思われたい”から。
わたしは暑い時期には基本的に腹や足や二の腕を出したい。そのためにパーソナルジムに通って腹筋を割るくらい。でも打ち合わせでテレビ局へ行くときに臍が見えるTシャツは着ない。打ち合わせが喫茶店(予定外の人に会う可能性が低い場所)、かつ相手とすでに親しい関係であれば平気で臍を露わに脚本の打ち合わせを行う。そういう使い分けはする。
普段着るものは完全に、自分が何を着たいか、だ。何を着たらテンションが上がるか、外に出たくなるか、街を歩きたくなるか、そんな基準で服を選ぶ。街ゆく人にどう思われるかなんて、どうでもいい。似合う服よりすきな服が着たい。すきな服が可哀想にならないために痩せていたい。ゴールドよりシルバーのアクセサリーがすきだけど、わたしの肌にはゴールドのほうが似合うらしい。「そっすか」とアホ面でまたシルバーのリングを買った。
髪型や髪色もそう。唐突的に金髪にすることがあるが、特に理由はない。「髪を金色にしたい」、これだけ。派手な髪色は似合わない。日本産のブスは黒髪のほうが多少マシになることも承知。それでも髪を金色にしたときの、どこかへ瞬間移動できる感覚がすきなのだ。ただ髪が金色になっただけで、知らない遠くの街に逃避行できた気になる。いずれ根元が黒くなってきた頃に、実家に帰らせていただきます~といった具合で全体を黒に戻す。それだけのこと。金髪にすることで強い女だと思われたいわけでもないし、そのときの恋人の好みに合わせることもない。なんなら片想いの相手が「金髪の女の子はちょっと」と眉をひそめたとて、「そっすか」とアホ面でまた髪を金色にするだろう。
服や髪を派手にしていると「目立ちたい人」だと勘違いされることがある。けど、メディアに出て行くのはとても苦手だ。不特定多数の他者に自分のビジュアルを晒すなんて拷問だと思っている。仕事で写真や動画の撮影に応じることもあるし、それ自体はつらくないのだけど、あとで掲載されたものを見ると落ち込む。きらいな顔だな、と思う。
人前に出たくないというより、人に見られた自分を見たくない。撮影されるという行為ではなく、自分の写真や動画を客観的に見る/見られるのがとても苦痛なのだ。記念や思い出に誰かと写真を撮ってスマホの中に大切に保管することは素敵だと思えるが、それが鍵アカウントでもない不特定多数が見放題のSNSに載った途端、苦しくなる。
なので、映画の舞台挨拶で人前に出て話すことは楽しめるのに、取材時に撮られた写真のチェックは苦痛でならない。大抵の場合、「この中でNGのお写真ありますか?」「こちらの二枚を使用してよろしいでしょうか?」といった具合でチェック依頼がくるのだが、確認したくないので「NGないです! どれ使ってもらっても大丈夫です!」みたいな返事をしている。……なんかこれ逆にビジュアルに自信あるやつみたい。
これは‟苦手”の話であるのに、「大丈夫だよ! かわいいよ!(苦笑)」なんて間違ったフォローをされることもある。服や髪の話と同じなのだ。誰がどう思うかではなく、わたしがわたしという人間のビジュアルを晒すこと自体が不快なのだ。
注目されたい、チヤホヤされたい、人前に出たいという欲求がある人は当然いるし、良いことだと思う。自分の代わりに外へ外へと出てくれたら有難い。ただ、そうじゃない人のことは放っておいてほしい。
久しぶりに金髪にした。金髪といっても、今回はハイライトにしたのであんまり金髪すぎない金髪(のつもり)。だけど、二週間ほどたったので色落ちして金髪部分がさらに明るくなってきた。やっぱり明るい髪色は似合わないなぁ~と思う。でもたのしい。
旅行先で友人が撮ってくれた自分の写真を見た。相変わらずきらいな顔だけど、とても楽しそうで、ある意味で良い顔だった。親しい人からはこう見えているんだと思うとちょっと救われた。この友人は鍵アカウントなのに、わたしの顔が小さく映った写真を載せていいか、ちゃんと確認してくれる。(ネットリテラシーとはほんとに人それぞれだなと思う)。
いまのわたしは似合わない金髪に似合わないシルバーアクセ。アディダスのトラックジャケットの下に忍ばせたナンバーガールのTシャツ。月9を書き終えたご褒美に買ったマルジェラのデニムとマルニ×ホカのコラボスニーカー。見えないからOKってことで履いているミッフィーの刺繍が入ったかわいい靴下。きらいな顔をした自分のそんな装いはすきだと思える。自分のすべてをきらいであり続けるのはきつい。だから、今日もすきな色になって、すきなものを身に着ける。冬になる。ニットやコートを買おうと思う。
生方美久(うぶかたみく)
1993年、群馬県出身。大学卒業後、医療機関で助産師、看護師として働きながら、2018年春ごろから独学で脚本を執筆。’23年10月期の連続ドラマ「いちばんすきな花」、’24年7月期の連続ドラマ「海のはじまり」全話脚本を担当。

