愛ってなんだろう。それは本当の意味で愛――? 加藤シゲアキさんの新刊『ミアキス・シンフォニー』が2月26日(水)に発売。作家人生の半分以上の期間をかけて“愛”を問う珠玉の物語がここに誕生。執筆期間や制作の背景、いま考えていること、加藤さんの頭のなかをのぞいて!
加藤シゲアキ「昔の自分に学ばせてもらった」
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ミアキス:犬と猫の祖先と言われている太古の動物。ミアキスから分岐しさまざまに進化を遂げた。
「生物学、好きなんですよ。どうやって進化の過程を辿ったのか、考えるだけでたまらない。犬と猫が元は同じ種族だったというのがすごく良いなと思ったんです。人間も構造で言ったら同じなのに、みんな全然違うでしょ?」
加藤シゲアキさんの最新刊『ミアキス・シンフォニー』は、週刊誌「anan」で、2018年から2022年にかけて全16回の不定期連載として描かれた小説に、大幅な加筆・修正を加えた新たな物語だ。加藤さんは連載当時を「意外なオファーだった」と振り返る。
「基本的に作品を書くときはプロットを作ってからなんですが、この連載に関してはいきなりスタートしたんですよね。初回の締切が1ヵ月後…あまりにも急ピッチだったから『どうすんだ?!』って(笑)。でも、文芸誌ではなく女性誌での連載だったから、普段小説に触れない方にも届くだろうし、普通ではできない経験だと思って面白そうだと思ったんです」
最終回を迎えてからさらに2年ほどかけて改稿、約7年の年月を経てついに書き上げた。過去の自分と対話しながら直していく感覚だったそう。
「ずっとやっていたけど、7年かあ。作家人生の半分くらいじゃないですか(笑)。この7年間で、作家としての感性や文体も変わったから、初期のほうはもう全然違う! 書き上げた直後って『俺、天才!』って調子乗っちゃうんだけど(笑)、『全然ダメだよ』っていう人格に切り替えて冷静に読めたし加筆修正できたのは、時間があったからこそできたことだなと思います。
でもね、行き当たりばったり的にスタートした企画だったから、自分ではコントロールできない“猛獣”みたいな作品だったんですよ。手間がかかるし、躾しなくちゃみたいな(笑)。荒くて暴れた物語をどうやってひとつの作品として届けるかっていうのはすごく難しかったんだけど、改稿作業を通して猛獣とも仲良くなれたのは良かったな。半ばブリーダーみたいな気持ちだよね(笑)。『良いミアキスに育てなきゃ!』って思いながらも『俺もミアキス飼うの初めてだし…』って(笑)。だから自分を信じて、ミアキスを信じてってやっていったらどんどん良くなっていった感覚かな」
そうおどけて言いながらも“学び”も多かったと語気を強める。
「昔の自分に学ばせてもらうことも多かったですね。たとえば、ぬいぐるみと話すっていう設定。今だったらできない。それは感覚が研ぎ澄まされたり小説家として成長したからなんだけど、同時に『君はこういう熱量を持ってやりたかったんだね』と当時を思い出して。なんとなくやらないと決めているアプローチでも、やり方次第では方法はいくらでもあると思いました。
あと、これは作家のテクニカルな部分なんだけど、改稿作業の自分のやり方を見つけられたのも大きい。今作では書き直すわけじゃなくて組み替えていく作業だったから、接合部分をなめらかにするためのヤスリがけの仕方が分かったのは、満足しているひとつのポイントです」
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今作には15人以上の登場人物が。大学や和食屋を舞台に、リレーのようにそれぞれの視点をつなぎ、次第に交錯していく群像劇だ。
「初めに決めていたことは、同じ場所にいる人のそれぞれの視点を描くこと。ひとつのシーンのA面、B面っていうんですかね。最初はスキルアップの意味でいろんな作品で群像劇を書いてきたんだけど、気づいたらこんなに人数が増えちゃって(笑)! けれど、系統樹さながらに枝葉に分かれていくような群像劇だからこれくらい人物がいて良かったと思います」
登場するのは、ぬいぐるみにしか本音を吐露できない少女、生真面目な大学教員、人との関わりに自信がない弁護士、謎を抱えていそうな料理人…など、身近に存在していると錯覚してしまうほどのリアルな人物像と繊細な心象風景の描写に夢中になる。
「これまでいろんな人物を書いてきたけど、基本的にはモデルはいません。だって人からアイデアを盗んだみたいでイヤじゃないですか。強いて言うなら、この人のこういう部分とあの人のああいう部分を混ぜる、みたいにオリジナルにしていきます。だから、いわゆる“人間観察”もしないし…。
どの人物にも言えることだけど、自分のなかにそういう部分があるんですよ。だって同じ人間だから。人って自分のなかにいろんな面があるじゃないですか。その面を切り出して、膨らましていくと大学生の女の子になったり和食屋のオヤジになったりする。たとえば、“寂しい”って感情にフォーカスすると、子供だろうが大人だろうが、男性だろうが女性だろうが、寂しいって思う瞬間は同じ。ただ、大人になると寂しさに慣れるし、コントロールの仕方が分かるようになるじゃないですか。だから『大学生の女の子はきっとこんなふうに寂しいよね』みたいに想像していきます」
“愛するということ”を真正面から描く今作。家族愛、兄弟愛、友愛など、多面的な視点でこの世界に存在しうる形容し難い愛のカタチが描かれる。
「連載をしている最中に、作中にも出てくるエーリッヒ・フロムの『愛するということ』を読んだんです。あらゆるところで愛は語られるけれど、本当のところ愛ってなんなんだろうと考えるために書いてみたかった。だけど、何が正解か見失いかけたし、苦楽を共にしたというのが正直な気持ち。僕が“愛”に一生懸命向き合った結果、今考える“愛”を残したんだと思います」
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2012年に作家デビューして、キャリアは12年。作品を発表すれば世間の注目を集め、歴史ある賞にもノミネートされる。それでも毎回不安は拭いきれないと吐露する。
「いつも校了したあとは精神的に不安定になるんですよね(笑)。モノづくりをしている性なのか、『受け入れられるかな』『思ったとおりに読んでくれるかな』って考えすぎてしまうから、書店に並ぶまで時が過ぎるのを耐え忍んでいます。だから基本的に校了から発売までの間は、小説のことは考えないようにして好きなことをする。言うなれば、夏休みです。インプットしたり違う仕事をしたりして、有意義に過ごすのが目標です」
「モノづくりが好き」「書きたい」。最高純度のクリエイティビティと常に隣り合わせなのは“孤独”だけど、付き合い方も逃し方も加藤さんは知っている。
「物語がどんどん浮かぶから、書きたくなる。だから書くことへのモチベーションが下がることはないんですよね。書いているときはすごく孤独かな。でも、孤独ってそんなに悪いものでもなくて、誰にも何も言われずに好きな世界を作れるから楽しいときもあるんですよ。仲良くしすぎるとよくないんだけど(笑)。本を書くことって、フルマラソンに例えられるんだけど、孤独と肩を組んでゴールテープを切って『やったな!』と言ってるうちに、次の孤独がやってきて…(笑)。
そんな執筆作業中でもありがたいのがNEWSの活動があること。外に出る理由とか人と話すきっかけをくれるから、息抜きになるんです。仕事の息抜きを仕事でしているから、飽きずにやれているんだと思います」
『ミアキス・シンフォニー』
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著者/加藤シゲアキ
発売日/2025年2月26日(水)
出版社/株式会社マガジンハウス
ananweb.jp/premium/miacis-symphony
加藤シゲアキ(かとうしげあき)
1987年7月11日生まれ、大阪府出身。アイドルグループ「NEWS」のメンバーとして活動しながら、2012年『ピンクとグレー』で作家デビュー。'21年『オルタネート』で吉川英治文学新人賞、高校生直木賞を受賞。同作と’23年に刊行の『なれのはて』で直木賞候補に。他の作品に、エッセイ集『できることならスティードで』など。'22年、舞台『染、色』の脚本で岸田國士戯曲賞候補にも。'25年5月には、ミラーライアーフィルムズ Season7 in 愛知県東海市で監督・脚本を担当するショートフィルム『SUNA』が公開予定。
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