伝えたい想いがあるとき、人は手紙を書きたくなる。女優の山口乃々華さんが、“あのひと”に向けて今の気持ちをしたためる新連載。今回の手紙の宛て先は、アンパンマンの作者 やなせたかし先生です。【連載「〒ののポスト」】
私はアンパンマンが大好きな子どもでした
やなせたかし先生へ
突然のお手紙を失礼します。
やなせ先生にお手紙を書こうと思い立ったのは、「アンパンマン」の曲がこのごろ私の頭から離れないからです。
友人の子どもがほっぺたをアンパンマンみたいに真っ赤に染めて、繰り返し繰り返し一生懸命に歌っている姿がやたらと印象強く、可愛らしかったからなのかもしれません。
いや、それよりきっと、この曲は私のなかに当たり前のように浸透していて、ずーっと心にあったのかもしれません。どちらにせよ、まだ言葉を話せなかったくらいの年齢からアンパンマンを見て育ち、メインテーマ曲を覚えて、さまざまな場面で行進曲(マーチ)のリズムを口ずさんできました。
私はアンパンマンが大好きな子どもでした。きっと、子どもはみんな大好きですね。
成人をとっくに過ぎた私は、今ふと思うことがあります。きっと多くの人が、私と同じ想いを抱いたことがあるのではないでしょうか。
アンパンマンの歌を口ずさんだとき、その歌詞の言葉に、ちょっと待てよ…とふと立ち止まり、自分自身と照らし合わせてその意味を深く考えさせられたり、そしてその答えを見つけたくなるような経験。ーーこれまでに何度かありました。そして、歳を重ねるにつれて、歌詞についての捉え方や、考えた先に見えるものが変わっていきました。
やなせ先生は歌詞に、どれほどの言葉の魔法を詰めこんだのでしょうか。
私がアンパンマンのことを想うタイミングは、心がすり減ったと自覚したときです。
積み上げてきたものがダメになる瞬間、あの瞬間に私は強い不安に駆られてしまいます。状況のひとつひとつを不安の材料にしてしまい、あっという間に心に"不安の城"を作り上げてしまいます。
でも時が過ぎ、気がつくとそんな“城”は、いつのまにか消えてなくなっているのです。時間の経過は本当に偉大で、“城”まで作り上げてしまった私の気分を回復させてくれました。
思い悩んでいるときは自覚していなかったのに、すべてが通り過ぎて心がサラサラになってから、「あぁ心をすり減らしたな」とわかったりするのです。
そんなふうに振り返れるところまできたとき、いつもアンパンマンの曲が頭のなかに流れるのです。誰かに弱い自分を受け止めてもらいたいなんて思っていたことがすごく恥ずかしくなったり、人にうまく優しくできなかった未熟さを反省します。
心の平常を取り戻したうえで、歌詞が見せてくれるまっすぐな明るい道を眺めて、「それでもいいじゃない、そんなこともあるんだよ。今回のことをちゃんと忘れないで、生きればいいよ! 人生だもん!」と元気をもらい、「そうだそうだ、これもまた経験!」なんて、そろそろとご機嫌になりながら思ったりするのです。それから、また心に赤い炎を燃やし直して、再出発。
なかなか面倒くさい性分ですが、これでやっと気が済むのです。
私が恐れていたのは、夢を失い、どこに向かえばいいのか分からない"自分自身"なのでした。しかしそれは、諦めずに赤い炎を燃やし続ける限り、消えない道なのだと思います。
とにかく弱さに飲み込まれないで、今を生きることを頑張ろうと思えています。
アンパンマンは偉大!
いつまでも私のヒーローです。
山口乃々華より
山口乃々華(やまぐちののか)
3月8日生まれ、埼玉県出身。2020年末まで E-girlsとしての活動を経て、2021年から女優として本格的に活動を開始。 映画『イタズラなKiss THE MOVIE』シリーズ、ドラマ・映画「HiGH & LOW」シリーズやHulu版「崖っぷちホテル!」などに出演、『私がモテてどうすんだ』ではヒロイン役を務めた。近年ではミュージカルにも活動の幅を広げ、『INTERVIEW~お願い、誰か僕を助けて~』『ジェイミー』『あなたの初恋探します』にヒロインとして出演。2022年には「SERI〜ひとつのいのち」でミュージカル初主演を果たす。2023年3月より上演のミュージカル「SPY×FAMILY」にフィオナ・フロスト役で出演中。
Instagram yamaguchi_nonoka_official