“大人のフリ”して放置(我慢したり、見て見ぬふりしたり)せず、煩わしい人間関係をぶった斬り、好きな人たちとだけ生きていく——。そんな“自分基準”を掲げて、人生を楽しく、生きやすくしていきませんか?
脚本家 岸本鮎佳さんの連載「私、幸せになるんで。はい、サヨウナラ」。あなたの人間関係やモノ付き合いの整理整頓&取捨選択に際し、ぜひご参考に!(編集部)
vol.03 「70%の年下男子」
「優柔不断な男」は、嫌だ。
という女性は少なくないと思う。
ただ、それが逆に母性本能をくすぐられるという女性も、これまた少ないだろう。
もし、「優柔不断な年下男子」だったら、どうだろう?
年下だし、お店もあんまり分かんない。
年下だし、お姉さんをデートに誘うのは勇気がいるから、なかなか誘えない。
・・・可愛いじゃないか。
だったら、私が引っ張っていってやるよ!だって、相手は年下男子だから。
「年下男子」と付き合うということで、女性がある程度リードしなければいけない時もあるというのは、覚悟の上だろう。
私自身、正直あまり「優柔不断な男」は、気にならない。
何故なら、私は普段友達といる時でも、自分で決めた方が楽だから。
でも、私は究極の「優柔不断な年下男」に出会ってしまった。
出会ってから、3回目くらいのデート。
もうそろそろ、告白されるかもしれないという期待を胸に、私は待ち合わせの駅に向かった。
その日は、私が見たことのない落語を観に行こう!という約束をしていた。
外は、まだ春が来たばかりで、暖かく優しい風が時折吹いてくるような、完璧な気候だった。
出会ってすぐに、
私 「今日いい天気だね」
彼 「そうだね」
というクソつまんないふんわりとした会話から始まった。
一緒に電車を待っている時も、
彼 「こんなにいい天気だったら、公園でピクニックしたら楽しいだろうね」
私 「うん!気持ちよさそうだね」
・・・はい、クソつまんない会話②。
すると、彼が突然、
彼 「実は俺、いっつも持ち歩いてんだよね」
と言い、リュックの中からビニールシートを取り出した。
そして、
彼 「ピクニックいっちゃおっか!」
え?
あまりに、急な行き先変更。
正直、落語を見る気満々だった私は戸惑ったが、まぁ彼と過ごせれば何でも楽しいはずだし、たしかに天気も良いし、ということで公園に行くことに。
電車の中で、彼が「UNIQLOでちょっと買いたいものがある」ということで、公園の前にUNIQLOに寄った。
彼は¥5,000くらいのダウンジャケットを見つけ、
彼 「これこれ!」
と言いながら、試着をし始めた。
それは、一つ前のシーズンのモデルで、¥1,000ほど値下がりしていた。
そして、最新のモデルのダウンジャケット(こっちのほうが明かに性能がいい)も試着し、
彼 「どっちがいいかなぁ?」
私 「あー、私はこっち(最新モデル)のほうがいいと思う」
彼 「そっかー」
私 「うん、こっちの方が、シームレスだし、暖かいんじゃない?」
彼 「うーん、確かに」
私 「までも、値段で言ったらこっちの方が安いとは思うけど」
彼 「そうだよねー、俺さ、これ持ち運びたいんだよね」
私 「あーだったら、こっち(セール品)の方がコンパクトじゃない?」
彼 「そうだよねーでもこっち(最新モデル)見ちゃうとなー」
私 「うん、こっちの方が良いとは思うよ」
彼 「でも値段もねー」
私 「え、でも¥1,000しか変わらないじゃん?」
彼「や、1000円ってでかくない?」
私 「うん、まぁ、でかいけど・・・だったら、こっち(セール品)にすれば?」
彼 「あー・・・」
・・・どうでも良いんだけどさ・・・
・・・早く決めて?
とは、勿論言えなかったが、彼はUNIQLOで30分近く悩んで、結局どっちも買わなかった。
え?
ごめんなさい確認なんですけど、ここってUNIQLOさんですよね?
あのファストファッションで日本の生活を救ってくれてる天下のUNIQLOさんですよね?
ヨウジヤマモトじゃないですよね?
そちらのダウンジャケット¥5,000と¥6,000ですよね?
20万と30万じゃないですよね?
「もう一度、家に帰って冷静になって考えてみる」とのこと。
え? 今の時間は何だったの・・・
私の時間返して?
と言いたいのも勿論我慢し、気持ちを切り替え、公園に向かう。
暖かな陽気だったので、公園には沢山の人が、ビニールシートを広げ、ピクニックを楽しんでいた。
・・・OK! 楽しそう!
張り切って行こう!!!
公園の中を散策しながら、ビニールシートを広げる場所を探す。
私 「どーする?」
彼 「どーしよっかね?」
とまたしても優柔不断の神を降臨させる彼。
なかなか、場所を決めてくれない。
神様、どうか、私たちに安息の地をお恵みください!!!
ようやく、腰を下ろしたのは、池のすぐ近くで、小学生たちが野球を楽しんでいる場所だった。
なんか分かんないけど、嫌な予感がした。
とは言え、鴨がゆったりと泳いでいる様子を、ただただぼーっと見つめながら、木陰で言葉少なに過ごす時間は、とても素敵な時間だった。
こんな場所で、本を読んだら、最高だろうな・・・。
私 「こんな場所で、小説とか読んだら、最高だろうな・・・」
彼 「・・・あるよ?」
え?
・・・ん?
彼は、子供が一人入りそうなくらい無駄にでかいリュックの中から、文庫本の小説を取り出し、私に差し出した。
タイトルから察するに、私が最も読まないであろうジャンル、お江戸の人情喜劇。
彼 「これ、短編シリーズで結構出てるんだけどさ、面白いんだよ!読む?」
いやいや、私はそういう意味で言ったんじゃない!
何か、「小説とか読みたくなるような、そんな気持ちの良い気候だね」だ。
私 「いや・・・」
彼 「朗読してあげるよ」
へ? ろ、ろ、朗読?
え? ここで? 鴨と小学生の前で?
朗読?
私の意向を完全に無視して、登場人物の説明をし始めた。
そして、まぁまぁでかめの声で朗読をし始めた。
彼 「『おい!お前さん!うちの女房知らないかい!?』『どうしたんだい!?旦那!』」
親切に、登場人物によって、声を変えている!
まるで、俺、結構演技力あります!とオーディションで主張する役者のように。
野球少年たちも、このカップル何事かと、こちらに目を向けているのがわかる。
ここにたどり着いた時は、太陽が気持ちよくご挨拶してくれていたのに、気付いたら周りに人は誰もいない。
結局完全に日が暮れるまで、彼の朗読会は続いた。
さっきまでUNIQLOで¥5,000のダウンを30分も悩んでいたとは思えないほど、彼の朗読への決意は固かった。
私は帰り道、彼にずっと聞いてみたかったことを、勇気を出して聞いてみた。
私 「ねぇ、私のことどれくらい好き?」
週に1、2回会っていて、それが三ヵ月は続いてる。
LINEもほぼ毎日、くだらない内容を送ってくる。
体の関係はない。
でも、彼からの決定的な一言は、なかった。
彼は少し沈黙した後、こう言った。
彼 「・・・うーん・・・70%くらい・・・?」
な、70%?
実にリアルな数字だと思った。
普通、こういう時相手を気遣える男なら、こんなバカ正直には答えないだろう。
でも、彼はハッキリ70%と言った。
私は一気に目が覚めた。
これらのどの出来事にも共通するのは、「相手の気持ちを考えられない身勝手さ」があるという事。
私が、例え天気が良くても落語に行きたかったこと、UNIQLOで待たされて苛立ったこと、興味のない小説を延々と聞かされること。そして、70%・・・。
彼は、いつでもこの世界に一人で立っている。
隣に人がいたとしても、自分一人の世界に浸っている。
そんな彼と一緒にいるためには、ただ「合わせる」ことをしなければいけない。
好きだという魔法にかかって、私は知らぬ間に彼に「合わせる」ことをしていたのだ。
恋愛において、「合わせる」ということほど、危険なものはない。
それは、年下だろうが年上だろうが関係ない。
決断できない年下男子は、「可愛い」訳じゃない。
そういう男は、きっとその事に気付くまで、同じ過ちを繰り返すだろう。
彼にハッキリと伝えてくれるたくましい女性と出会うことを、願っている。
サヨウナラ、サヨウナラ。
「年下男子」という可愛い魔法にかかってはいけない。
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