私も、と底から立ち上がるチカラをもらう~『三つ編み』

ただ慌ただしいだけの毎日。忙しいのに充実感がない。そんなあなたに足りていないのは、頁をめくる読書の時間かもしれません。 本好きライター 温水ゆかりさんがおすすめの1冊を紹介する連載「週末読書のすすめ」。紙に触れてよろこぶ指先、活字を目で追う楽しさ、心と脳をつかって味わう本の世界へ、今週末は旅してみませんか。(編集部)

苦しきかな人生を、自分の足で前に進むには

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今週末のおすすめ本 : 『三つ編み』レティシア・コロンバニ 著   齋藤可津子 訳

世界を旅している知人のカメラマンから、「インドの女の人はサリー着て農作業してるよ。緑に映え、色とりどりですごくきれいなんだ」と聞いたとき、「ウッソ~」と思った。
カラフルなサリーは晴れ着のようなものだと思っていたから、晴れ着で農作業なんてあり得ない、と。ワカかったなあ、いや、バカかった。日本だって庶民はずっと民族衣装(着物)で労働してたじゃないか。うっかり経済的に成功しちゃったもんだから、ちゃっかり歴史の記憶を欠落させてしまってた。

そのカメラマンの言葉を思いだしたのは、ネパールでトレッキング(現地の人にいわせるとハイキング)をしたとき。ハフハフいいながら山道(現地の人にいわせると丘)を登っていたときだ。追い抜いていった担ぎ屋さんが、サリーを着た女性だった。コーラとか水とか重そうなものを担いでグングン登っていく。素足にゴムサンダル。サリーの裾の色と足の裏の白さが、目に焼き付いた。
そして、夏目漱石の『草枕』ではないけれど、「山路(やまみち)を登りながら、こう考え」てしまった。同じ女性に生まれて、なぜこうも境遇が違うのか。日本に生まれたことを感謝するというよりも、この地に生まれていたらどうだったんだろう、という方向に思いがふくらんだ。私もサリーを着て、トレッキングする外国人が一泊する山小屋に水を運んでいただろうか?

だから、三大陸の三人の女性の物語を書くこの『三つ編み』の冒頭がインドの女性だったとき、私はすんなり彼女の目線で世界を見る側に立つことができた(本当は同化したと書きたいけれど、おこがましくてとても書けない)。

インドのスミタは、強固な身分制度カーストの枠にも入らないダリット=不可触民だ。
スミタが母親から引き継いだ職業は、村の「スカヴェンジャー」(廃品回収者)。具体的には糞尿処理だ。
スミタは母からこの仕事を受け継いだ。最初に連れて行かれたとき、あまりの臭気に鼻が曲がった。母はじき慣れるといったが、いまも慣れない。6歳のときのこと。そしてスミタの娘ラリータも6歳になる。

スミタはラリータを仕事に連れていくかわりに、学校に行かせると決意する。自分は学校に通ったことはないが、娘が読み書きや計算ができるようになったら、どんなに素敵だろう。想像しただけで、胸に蝶が飛ぶ。まず夫を説得する。それから夫がカースト最上位のバラモン階級の教師のところに行き、全財産の小銭を渡して、他の階級の子供達と机を並べる許可をもらう。

ラリータが初めて学校に行く日、スミタの胸は嬉しさではちきれんばかりだ。
幾晩もかけて縫った緑のサリーを娘に着せ(制服を買うお金はない)、長い髪をとかしてきれいな三つ編みにし、額の中央に第三の眼のビンディを描き、大事な日のためにとっておいたカリーを入れた弁当を持たせる。しかし・・・・・・。

その日戻って来たラリータのサリーは破れ、背中には血の滲むミミズ腫れがあった。教師はラリータに、教室の掃除をしろと命じた。ラリータは「いやです」と言って鞭の罰を受けた。

スミタは怒りに震える、同時に「いやです」と言った娘を誇らしく思う。そしてこの地を離れようと思い立つ。娘には絶対自分と同じ道は歩ませない。自分の代で、ダリットに課されたダルマ(義務)を断ち切るのだ。都会に出れば、学校や大学にダリット枠があると聞いている。
夫は妻の決心を聞いて大反対する。見つかれば報復が待っている。強姦され木に吊される。それでもスミタはこの計画を捨てない。真夜中、娘の手を引いて出奔する。この国では毎年200万人の女性が殺されていると、著者のコロンバニが文章の中にそっと紛れ込ませるデータに震え上がる。誰だって、この母娘がちゃんとどこかに行きつき新しい生活を始められますようにと、祈らずにはいられないはずだ。

さきほど、三大陸の三人の女性と書いた。一人がこの差別から逃れようとする勇気ある母親。上記に書いた内容は、実は本書の後半部分にまで踏み込んでいる。カーストの外にいる女性の境遇があまりにも理不尽なので、怒りのあまりつい熱が入ってしまった。

他の二人は、カナダのバリキャリで出世街道をひた走る女弁護士のサラと、イタリア・シチリア島の恋する乙女ジュリアだ。著者の筆は三人のもとを順番に訪ね、歯切れのいいテンポでその姿を切り取り、そんなシーンを積み重ねる形で、それぞれの物語を進行させる。

男女雇用機会均等法世代は、モントリオールのサラを、自分の分身か女友達のように近しく感じるかもしれない。
サラは昔から優等生だった。なにごとも先回りして準備する周到な性格。勤務先の法律事務所でもライバル達に先んじ、アソシエイト弁護士に昇格した初の女性であるばかりか、近々全アソシエイトが目指す最高峰=マネージングパートナーの地位に昇格するナンバーワン候補と見られている。
彼女にガラスの天井はない。実力と勤勉、二度の離婚によって三人の子供を育てるシングルマザーであるという私生活をセンスのいいスーツと完璧なメイクの後ろに隠すことで爆破したからだ。しかし、ある日、胸にミカン大の腫瘍が発見される。悪性だった。医師の宣告を弁護士用の冷静な仮面で聞いたけれど、がんという言葉に、彼女の内側は細切れになっている。

このサラの項では、いま芸能セレブ達の間で人気のマニー(男性のベビーシッター/マンmanとナニーnannyの合成語でmanny)が登場する。余談だが、マニーは高収入だそうだ。先進国は製造業ではなく、知的産業や情報産業、ケア産業で高収入を得る時代になっているのだなあとあらためて思う。

閑話休題。三番目のシチリア島のジュリアは、パッパが経営しているウィッグ製造販売会社の従業員の一人、ハタチの娘だ。おばちゃん達が男や人生や恋愛について開けっぴろげにお喋りしながら働く作業場は、昔映画館だった所。映画『ニュー・シネマ・パラダイス』のような場所を思ったが、そういえばあの映画の舞台もシチリア島だった。
材料となる毛髪は島内で集められ、洗浄、脱色、加工され、ヨーロッパ全土に発送される。特注品は祖父が開発した秘伝の技術(天然素材)で染める。パッパはジュリアだけにその秘伝をさずけた。そのパッパが交通事故で重体となる。

ジュリアは、本好きでもある。祭りの日、街でターバンを巻いた(シク教徒の徴)男性が警察官に咎められているのを見かけ、強制送還されたのではないかと夜も気になって仕方がない。名付けようのない初めての感情。そして彼と図書館でばったり再会し、思い切って彼を散歩に誘う。

彼ことカマルは、威張っていて怒りっぽくてすぐ依怙地になるシチリア男にはない、静かな魅力をもっていた。ジュリアは毎日のように彼と図書館で会うようになり、海辺を散歩する。そしてある日、洞窟に彼を引っ張って行き、黙って服を脱ぐ。カマルはターバンを解いて、切ったことのない髪を見せる。
カルマは作業場のおばちゃん達が「男はすぐ眠りこける」と笑い飛ばすのと違って、終わったあともジュリアを大切な宝物のように抱きしめ続ける。倒産寸前であることが発覚したパッパの会社を救うアイディアをもたらしたのも、彼だった。

食べものも買えない貧困の中での旅、重篤な病の発覚、一家の大黒柱が重体のときの家業倒産の危機。三者三様の壁が立ちふさがる。立ち向かう。乗り越えようとする。彼女たちのガッツは決して折れない。

都会を目指す途中、ヒンドゥー教の聖地ティルパタ寺院に立ち寄り、ビシュヌ神にご加護を祈ろうとするスミタとラリータの母娘。しかし彼女たちは富める者のように捧げるべき花や食べものを持たない。唯一持っているのは、たっぷとした黒髪だ。彼女たちは髪を切って捧げる。ここまでこられた奇跡を思い、明日から新しい人生が始めると、母娘は希望に満ちた一歩を踏み出す。

髪を取っておく習慣がすたれたシチリアで原料不足に陥ったジュリアは、カマルのアイディアで、インドから髪を輸入することにする。初めての貨物を開けると、絹かベルベットのように柔らかく、それでいてずっしりと重い髪が現れる。子供の髪のようだ。買い付けられたのは先月、インドのティルパティ寺院で。失業しなくて済んだ工房のおばちゃん達が、素敵な仕事をしてくれるはずだ。

乳がんの手術をしたサラは、化学治療で髪が抜け始めたことに激しく落ち込む。覚悟を決め、雪の積もった道をサロンに向かう。女店主は三つの製品を出してくる。
コスパのいい合成繊維の日本製、装着感が快適な人造毛髪、インド人の毛髪を使ってシチリアの工房で一本一本植え付けた精巧で高額で希少な商品。サラは迷わず三つ目を選び、鏡に映った自分の顔を見て、自信を取り戻す。そして思う。一息ついたら独立して自分の事務所を開こう、これからは別の生き方を学ぼう、子供達との時間を大切にし、何一つ見逃さないようにしよう。

出会うことなく、髪で結ばれる女達の見えない絆が静かな感動を呼ぶ。この読後感は貴重。冒頭で書いたように、私はネパールの女性の白い足の裏を思いだしてしまった。

読みながら、こういった作品はこれまでのような「フェミニズム小説」とか小説の枠だけで語るのではなく、もっと広く「#MeToo文芸」とでも呼びたいなあと思った。
日本のムーブメントは他国ほどの盛り上がりがなく、少し残念だが、少なくとも本の世界では、チョ・ナムジュさんの『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)、小島慶子さんが11人の識者にインタビューした『さよなら!ハラスメント 自分と社会を変える11の知恵』(晶文社)、ジェーン・スーさんの『私がオバさんになったよ』(幻冬舎)など、面白くて元気の出る本が毎月のように出ている。
ファッション周りの話題でも、伊藤詩織さんがカルバン・クラインのキャンペーンに起用されたことなど、もっと話題になってもよかったのに。

本書は本国フランスで100万部を突破、国内の文学賞8冠を達成し、世界32ヵ国の言語に翻訳されることが決まっている。この『三つ編み』が初の小説である映画監督の著者自身の手で、映画化も進んでいるとか。季節も風土も違う三ヵ国でのロケで、どんな映像に仕上がるのか、すごく楽しみだ。

『三つ編み』レティシア・コロンバニ著 齋藤可津子訳 ¥1,600(税別) 早川書房

インド、イタリア、カナダ――異なる場所を舞台に、それぞれの人生を歩む三人の女性。彼女たちの身に起こる、それぞれの苦難、闘い方、そして向かう先は・・・・・・。出会うことのない三人が“髪”によって繋がる、三つの人生の物語。


温水ゆかり
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温水ゆかり
フリーランス・ライター。『GINGER』創刊時からBOOKレビューを担当。活字、お酒、パンの耳が好き。
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