心の奥にひっそりと押し込めてきた“コンプレックス”。つい目をそむけたくなる、そんな弱点を武器にできたら、人はきっと無敵になれるはず。
大きな壁を自らの力で乗り越えた人は、強さと美しさを纏(まと)っています。 浅田舞さんもそのひとり。長い間抱き続けた妹、浅田真央さんへの劣等感から解き放たれた彼女が、今思うことを赤裸々に語ってくれました。
昔なら、妹と一緒にリンクに立つなんて考えられなかった
フィギュアスケート選手を引退後、スポーツキャスターや舞台、グラビアとさまざまな分野に挑戦し続ける浅田舞さん。妹の真央さんとは他人がうらやむほどの仲よし姉妹に見えるけれど、実は妹コンプレックスに苦しんでいた時間は想像以上に長い。
「妹コンプレックスのせいで、青春時代は人生のなかで一番の暗黒時代だったと言っても過言じゃありません。フィギュアスケートは私が7歳、真央が5歳のころに始めたんですが、真央はすぐに頭角を現したので、母をはじめ、周囲の人たちはみんな真央をほめ、そして期待していきました。私はというとほめられることはほとんどなく、どんどん自信を喪失していきました。その結果、思春期になると精神状態が不安定になって、15㎏もやせてしまって。そのあとはまた一気に太ってしまったり・・・摂食障害にも苦しみましたね。大学生のころは、真央はもちろん母と父とも顔を合わせるのが嫌で。そのころ、私は完全なギャル(笑)。家出や夜遊び三昧でした」
そんな彼女にコンプレックスの対象、真央さんと正面から向き合う出来事が起きる。
「2011年の12月に母が亡くなりました。そのときに私のなかでこれじゃダメだ、これからは血のつながった唯一の姉妹である真央とふたりで力を合わせて頑張っていかなきゃという思いが沸々とわいてきて。泣きながら、これまでの想いをすべて真央に話したんです。今まで誰にも言えなかった気持ちをこのとき外に出したことで、心にかせられていた足枷が取れた気がします」
さらに舞さんの妹コンプレックスを払拭する転機となる仕事が舞い込む。
「舞台のお話が来たとき、自分には無理かも・・・と弱気になっていたら、マネージャーさんが『舞なら絶対できるよ!』って。フィギュアスケート時代はそんな風に誰かに期待してもらうことがなかったから、その言葉がうれしくて。あとはもう、その期待に応えるべく、アスリート根性で頑張るのみでした。真央も舞台を観にきてくれて『何度でも観たい』と絶賛してくれました。そんな風に周りの期待に応えたい一心で、いろんな仕事に挑戦していくうちに〝浅田真央の姉〟ではなく、浅田舞として見てもらえるように。その繰り返しで、ようやく自分に自信がついてきました。長い間、素直に楽しめなかったフィギュアスケートも心から楽しめるようになっていたんです」
「真央が昨年の4月に競技を引退してからは少し時間ができ、ふたりでカラオケに行ったり食事をしたり。そんなごく当たり前の姉妹としての時間にとても幸せを感じています。アイスショーで再び姉妹共演も。昔なら一緒にリンクに立つな
んて考えられなかったけど、今は最高に楽しい! こんな風に思えるようになったのも、自分の仕事の幅が広がったのも、すべて妹コンプレックスのおかげ。今なら、コンプレックス=悪ではないと言えますね」
舞さん、真央さんが出演するアイスショー、『浅田真央サンクスツアー〜浅田真央が全国に感謝を届けます~』は2018年11月まで日本全国10ヵ所で開催予定。詳細はこちらをチェックして。