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2019.04.26

今このタイミングでこそ手に取りたい『美智子さまという奇跡』

本好きライター 温水ゆかりさんがおすすめの1冊を紹介する連載「週末読書のすすめ」。紙に触れてよろこぶ指先、活字を目で追う楽しさ、心と脳をつかって味わう本の世界へ、今週末は旅してみませんか。

『美智子さまという奇跡』矢部万紀子 著

『美智子さまという奇跡』矢部万紀子 著

美智子さまという存在から思いを馳せる今まで、そしてこれから

新元号発表にまつわる一連のお祭り騒ぎには、不思議と不可解がいっぱいだった。そもそも発表後に、どうして首相が所信表明のような演説をするの!? 平成の改元の際、時の竹下登首相はそんなことはしなかったけど。もしかして、これ、政治の皇室利用なのかしらん。

そうしたら4月20日の東京新聞に答えがありました。なんでも「菅義偉官房長官が安倍晋三首相への一任を提案、首相が『新元号を令和としたい』」と言ったそうな。そっか、令和の考案者は万葉学の第一人者中西進氏だけど(ただしご本人は否定も肯定もせず)、決定したのは自分だから、主役を張りたかったのね。
でもここまで政府に舞台裏の情報公開をされると、どっちらけ。いいのかなあ、政府が皇室支配に乗り出したように見えるけど。ま、今後は政府のメディアジャックに、皇室関係の話題が口実に使われることがないよう、祈るばかりだ。

祈ると言えば、天皇陛下がビデオメッセージで生前退位の意向を表明(2016年8月)された後、(体がきついなら家で)祈ってればいいんだよ、みたいな趣旨のことをうそぶいた「有識者」がいた。胸が痛みました。皇太子として30年、天皇として30年。敗戦後、日本が初めて踏み出した象徴天皇制のもと、象徴としての天皇とはどういう存在であるべきかを懸命に模索されてきた60年を、そういう言葉で括るとは。

昨年の2018年12月23日、85歳のお誕生日会見で、天皇陛下は時に言葉を詰まらせながら、こう語られた。
「天皇としての旅を終えようとしている今、私はこれまで、象徴としての私の立場を受け入れ、私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝するとともに、自らも国民の一人であった皇后が、私の人生の旅に加わり、六十年という長い年月、皇室と国民の双方への献身を、真心を持って果たしてきたことを、心から労いたく思います」

長年皇室報道に携わってきたこの本の著者である矢部万紀子さんは、この会見を見てこんな感慨をいだいたという。象徴としての「天皇の『旅』は、成功裏に終わろうとしている。今となっては、その成功が当たり前のことのようにも感じられる。だがそれは、決して当たり前に起きたのではなかった」。常にかたわらに付き添った美智子さまという存在あってのことではなかったか。「そのことに気づいたときに浮かんだ言葉が、『美智子さまという奇跡』だった」と。

『美智子さまという奇跡』矢部万紀子 著

Licensed by Getty Images

本書の前半は、美智子さまという女性がいかに稀有な存在であるかを、豊富なエピソードを通して書く。
民間から嫁ぎ、翌年(周囲の期待に応えるかのように)男子を出産、皇室では伝統的に乳母にゆだねられてきた育児を、生母がするという“民間流”を実践された美智子さま。
被災地を訪れ、同じ目の高さになるよう膝を折って被災者達に語りかけるスタイルをつくった美智子さま(美智子さまにならって天皇も膝をつくようになられた)、広島、長崎、沖縄、サイパン、パラオ、フィリピンなど、陛下とともに、国内外の戦禍の地を訪ねる慰霊の旅を続けてこられた美智子さま。

嫁がれる前のエピソードにも目を瞠る。生まれながらにして、ノブレス・オブリージュ(高貴な者には義務がある)を知っていらっしゃったかのようだ。
小学6年生のとき、叔父の家の庭を見て「叔父さま、陽に当たっているバラってすごくきれいね。でも、日蔭になっているバラもあるからよけいに輝いて見えるのね」と、日蔭の存在にも心をくばる聡明さで叔父を驚かす。
聖心女子大英文科に在学中、新聞社が主催する「はたちのねがい」という懸賞作文に応募し、トーマス・ハーディの小説『テス』を引用しながら、戦後の“私達世代”を書いた作文で二位に入賞。賞金の半分を社会事業の基金の一部にと新聞社に送り、残り半分は奨学資金にと母校に寄付して学長を感激させる。

お妃教育で和歌の特訓を受けたときの文学的素養も傑出している。
本書で初めて知ったのだけれど、皇室には「艶書の儀」という平安朝から続く儀式があるそうだ。これはご成婚の前日、皇太子殿下がまずお妃になられる方に和歌をおくり、お妃になられる方は、その日のうちに返歌するというもの。
この「艶書の儀」に際し、皇太子殿下は「この歌は、先生に見てもらわない歌をとりかわしたい」と望まれたという。

和歌の教育係を務めた明治生まれの歌人五島美代子さんは、自分の添削なしで殿下のもとにいく教え子の返歌を見て、歌人冥利、教師冥利に尽きると感激したらしい。

美智子さまの返歌はこう。
「たまきはるきいのちの旅に吾(あ)を待たす君にまみえぬあすの喜び」

「たまきはる」は、「いのち」の枕詞だ。あなたにお会いできる明日が待ちきれませんという花嫁の初々しい気持ちが、晴れやかに歌われている。優雅でフレッシュ。和歌が、翌日の美智子さまのあの清楚で凜として優美だったウエディング姿(デザインはディオール、制作はサンローラン)を予告しているかのようではないですか。

美智子さまがこれからの時間を「いのちの旅」と表現している箇所にも、私の目は釘付けになる。先ほど天皇陛下が85歳のお誕生日の会見で語られたことを紹介したが、そのとき陛下が口にされた「私の人生の旅」というフレーズ。
ご成婚前日の「いのちの旅」と、陛下の「私の人生の旅」とが、大切な書物を並べた書棚のブックエンドとブックエンドのように、静かに呼応しあっている。私には美智子さまの返歌への、また再びの返歌のようにも聞こえる。信頼で深く結ばれた夫婦の歩みって、終わらない連歌のようだなあと、柄にもなくロマンティックが止まらない。

しかし、本書は美智子さま絶賛のためだけの書ではない。類い稀な女性であったからこそ、私達国民は美智子さまをデフォルトにしてはいけないと、後半で著者は皇室の今後の姿に思いを馳せる。

ニッチなところから覗き見て、核心を突いているなあと思うのは、著者が雅子さま世代の価値観を代弁している箇所だ。
著者は皇太子さまの1歳下で、雅子さまの3学年上。普通なら、同世代と言っていい。が、「私の学年にはなく、雅子さまの学年にはある」、それがあるかないかで世代感覚が分かれるものがある、と書く。均等法(男女雇用機会均等法 1986年施行)のことだ。

では、それによって何が違ってくるのか。著者は言う。自分の中には世の中、まあこんなもん(=男ファースト)という思い(悪しき刷り込み)がある。どこかに、職を得られただけでも、ま、有り難いとするか、みたいな気持ちがある。だから早めに男社会に対しては白旗を上げる。しかし均等法世代は違う。彼女たちは男女平等を約束されて社会人デビューした。会社で、そうではない現実にぶつかったとき、「約束が違う」と思う、と。

朝日新聞の記者だった著者がその実感をどこから得たかというと、「アエラ」(1988年創刊)の読者層だ。著者は創刊から3年アエラに在籍し、その後の躍進を同じ社内で見守ってきた。部数が伸びた要因は、均等法第一世代(1886~1990年入社の総合職女性)向けの記事を増やしていったことだったという。
均等法で会社に入ったものの、現実はやはり「男ファースト」。そんな中、会社にとどまって頑張る女性、見切りをつけて留学や転職をする女性、結婚という別の道を選ぶ女性など、さまざまな女性の姿を通して、後輩の女性記者達が「約束と違う」現実を記事にしていた。

本書から引用する。「均等法女子たちは、雅子さまの皇室入りを『嫁入り』ではなく『転職』と見ていたと思う。新しい職場で、究極のキャリアウーマンがどのように力を発揮してくれるのか。そう注目していた」「だから『アエラ』は、ずっと雅子さまの味方だった」。「雅子さま自身、『嫁ぐ』意識より『転職』の意識が強かったのではないだろうか」

そう、皇室の新しきスタイルを模索しなければならない理由は、ここにある。雅子さまはおそらく皇室外交に夢を抱いて“転職”された。しかし、その“職場”は思い描いていたような場所ではなかった。そこは適応しようとすると、適応障害を発症するような場所だった。「約束が違う」と思われたことだろう。

と、ここまで書いてきて自分がオソロシクなってきた。ある男性ベストセラー作家にこう教わった。御簾の向こうのやんごとなき方々の心中を、しもじもの者が推し量ったり、目をみて話したりするのは非礼というものだ、と。が、すでに〈非礼×無礼〉になっている気がする(ああ、生まれて初めて皇室関連の書について書いているので、加減が分からない)。

閑話休題。著者は民間出身の美智子さまを包囲する女官連絡網や定期的な会合があったことを、他書から引用する形で書いている。女官というのは元華族の家などから出仕するので、自分たちのほうが身分は上だと思っている。手袋の長さが適切ではなかったなど、そんなことまで話題にしていた。皇族の女性達並ぶ中、明らかに美智子さまだけにドレスコードが伝えられていなかったことがわかる写真もある。美智子さまは、どんどんおやつれになっていった。
雅子さまは、いま、どんな心境でいらっしゃるのだろう。皇太子さまが「雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことは事実です」と衝撃的な発言をされたことが思い出される。そんな報道が出ると、どこのリークなのか、すぐ雅子さまネガティブキャンペーンがどこかの雑誌で始まったりする。いとあさましきことよ。

著者は元新聞記者らしく、ポスト平成、令和の皇室のあり方にある提言をしている。
一言でいえば、平成のテーマが昭和(戦争の記憶)に淵源があったように、令和は平成の中からなにか国民と共有できるテーマを探すべきだ、と。
なるほどなあと思う。しかし、平成は政治によって国民が意図的に分断され始めた時代だ。もはやその分断は完成の域に達している。共有できるナニカはあるだろうか。新天皇が皇太子時代から研究してこられた環境問題とか水だろうか。

著者は真子さまの婚約者をめぐる一連の騒動にも触れている。長年皇室報道に携わってきただけに、筆のさじ加減はご存じなのだろう。抑制されている。そこで、ここは似たような趣旨で、思いっきり言いたい放題の三浦しをんさんに登場していただこう。

『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』(角川書店)という原武史さんとの対談本の中で、三浦さんはこう語る。長めだけど、引用する。

三浦「私は眞子さんの結婚問題にも興味津々です。あの騒動で一番思うのは、なぜ男性の職業や稼ぎだけが問題になるのか、ということです。結婚相手がまだ稼げない状況にあるのならば、女性が稼げばいいのではと思うんですが、内親王の結婚は『専業主婦になること』を基本的な前提としているのかなと」(そうなるとふさわしいお相手はサラリーマンということになり)「それって時代遅れじゃありませんか? 『売れないロックミュージシャンと結婚したい内親王』とかが出てきたら、どうするんでしょうか」「これでは女の人を不幸にしますよ。好きな相手と自由に結婚する。相手に稼ぎがなければ、自分が稼ぐ。いろんな事情で家庭内に有力な稼ぎ手がいなければ、公的扶助を受ける。男女を問わず、それが当然だと思う」

そしてここから、三浦節には一層のドライブがかかる。
「独身のまま皇室に留まることは想定されておらず、本人たちもそれは許されないと思っているから結婚を選ぶわけですよね」「万が一、相手がとんだDV野郎だったり、離婚したりしたらどうなるんですか? 皇室に戻れるんですか?」(原「戻れません」)「そんな前提で世の中に放り出すのは、おかしいですよ。いつ夫が病気で倒れるかわからないのに、そのとき働けない、働いたことがなくてどうすればいいかわからないとなったら、本人が気の毒です。『内親王の結婚』についてのシステムも意識も古すぎる」

この発言から、はっきりしたことが一つある。作家三浦しをんは、皇室問題で提言書を出す有識者会議のメンバーに呼ばれることは絶対ないということだ。上等ではないですか。
対談相手の原武史さんは、この『美智子さまという奇跡』でも言及されている政治学者(にして鉄オタ)で、宮内庁のホームページで異例の名指しを受け、“もっと勉強せい”みたいなことを指摘された。それに全力で反論したのが、つい最近出た『平成の終焉 退位と天皇・皇后』(岩波新書)。緻密な反論だけに、頭の下がる労作。こちらも面白い。

さて、私は小声で言いたいことがある。国民に愛され、慕われ、ファッションアイコンとしても、多くの女性に影響を与えたフォトジェニックな美智子さま。美しさにおいても知性においても比類がない美智子さまは、庶民の間にセレブ願望=専業主婦願望を植え付けてしまったのではないかという懸念だ。最近テレビの特番で見たけれど、「ナルちゃん」を連れ、ご一家で夏のバカンスを楽しまれているご様子の幸せそうだったこと。あの幸福の光の照り返しに、高度成長期の庶民はやられた。「私も」と。
そしてまたまた不敬の罪を犯せば、美智子さまはそのことを分かっていらっしゃると思う。今後は上皇后として、蔭から、新皇后像を模索する雅子さまを支援されるのではないだろうか。

最後は、再び『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』のなかから。
原「現行の皇室典範を踏襲する限り、(内親王は結婚して全員去り)一人しか残らないわけです。」
三浦「むっちゃ寂しい。あの皇居の森に一人なんて。究極の過疎ですよ。」

皇室の女性女系問題が千代田区の過疎問題でもあったとは!?
三浦しをんさんに座布団三枚、渾身で宮内庁に反論した原武史さんにも座布団三枚、そして何より本書の矢部万紀子さんにも座布団三枚。読者の皆さんは、お好きな座布団柄からどうぞ。

温水ゆかり

『美智子さまという奇跡』
矢部万紀子 著/幻冬舎新書
天皇陛下と皇后の美智子さまの退位による、平成の終焉、そして令和の始まり。1959年に初の民間出身皇太子妃となった美智子さまは、戦後の皇室を救った「奇跡」である——。長年にわたり皇室報道に携わった著者による、美智子さまの「奇跡」の「軌跡」を中心にまとめた、“等身大”の皇室論。

TEXT=温水ゆかり

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